労務経営ブログ
離職防止の本質は「制度設計」にある——約4割が静かな退職状態の衝撃データから読み解く人事戦略
〇離職対策が経営を左右する時代
人手不足倒産が過去最多を更新する2025年。帝国データバンクの調査では、上半期だけで202件もの企業が「人手不足」を理由に倒産しました。採用難が常態化する今、優秀な人材の流出を防ぐことは、企業存続に直結する最重要課題です。
そんな中、最新の「静かな退職実態調査」で衝撃的なデータが明らかになりました。約4割の従業員が「静かな退職」状態——つまり、退職を表明していないが最低限の力しか発揮しておらず、心はすでに離れている状態にあるというのです。
この記事では、社会保険労務士として10年以上、人事評価制度設計やエンゲージメント向上、定着支援に携わってきた経験をもとに、「離職防止の本質」を解説します。
〇 「静かな退職」とは何か?——見えない離職予備軍の実態
・ 離職率だけでは測れない組織の危機
「静かな退職」(Quiet Quitting)とは、退職を表明していないものの、職務に対して必要最低限の労力しか注がず、エンゲージメントが著しく低下している状態を指します。
表面上は在籍しているため、人事データ上の「離職率」には現れません。しかし、組織の活力を内側から蝕む存在であり、放置すれば生産性の低下、周囲への悪影響、最終的な離職の連鎖を引き起こします。
・ 約4割が該当する現実
最新の調査では、全従業員の約4割がこの「静かな退職」層に該当するとされています。つまり、10人のチームなら4人が、心ここにあらずの状態で働いている可能性があるということです。
この数字は、単なる個人の問題ではありません。組織の構造的な課題が、従業員のエンゲージメントを奪っている証拠です。
〇 離職の最大要因は「給与」と「評価の不透明さ」
・ 調査で明らかになった離職理由トップ2
同調査で、従業員が離職を考える理由として最も多かったのは「給与・報酬が期待に見合っていない」(45.4%)でした。次いで「評価・昇進の基準が不透明」(33.5%)が続きます。
この2つは密接に関連しています。なぜなら、評価が不透明であれば「どう頑張っても給与が上がらない」と感じ、努力が報われない組織への不信感が募るからです。
・ 構造的不満が生む悪循環
さらに「経営陣の意思決定への不信感」「業務量や仕事の進め方に問題がある」「心理的安全性の欠如」なども上位に挙がっています。
これらは、単体では小さな不満でも、複合的に作用することで大きなストレスとなり、エンゲージメントを低下させます。そして最終的に、静かな退職、あるいは実際の離職へとつながっていくのです。
〇 企業と従業員のニーズに潜む「致命的なズレ」
・ 企業が注力する「キャリア支援」と「コミュニケーション」
調査では、企業が離職防止のために強化すべきと考える施策も明らかになりました。給与・評価の次に優先されているのは「キャリアパスやスキルアップ支援」と「上司・同僚とのコミュニケーション強化」です。
これらは中長期的な人材育成の観点から重要な施策であり、決して間違ってはいません。
・ 従業員が求める「ワークライフバランス」と「福利厚生」
一方、従業員側が給与・評価の次に強く求めているのは「ワークライフバランスの改善」と「福利厚生の充実」です。
柔軟な勤務制度、休暇の取りやすさ、生活を支える制度——これらは、働きやすさや安心感を高めるための重要な要素です。特に若手層や子育て世代にとっては、給与と同等かそれ以上に重視される条件です。
・ このズレが「静かな退職」を加速させる
企業が善意で進める施策でも、従業員の期待と噛み合わなければ「会社は自分たちのニーズを理解していない」という不信感を生みます。
その結果、声を上げず静かに仕事への関与を減らし、最終的には離職へと向かう——これが「静かな退職」のメカニズムです。
〇 離職防止の本質は「未来耐久性のある制度設計」にある
・ 制度は感情ではなく構造で担保する
私が10年以上、人事制度設計に携わってきた中で一貫して重視してきたのは「未来耐久性」という視点です。
「今、社員が満足しているか」ではなく、「3年後、5年後も、この制度が機能し続け、組織が壊れないか」。これが判断の最上位基準です。
人の善意や感情を前提にした制度は、必ず破綻します。制度は道具であり、構造と設計で安全を担保するものです。
・ 評価制度の透明化が信頼の土台を作る
評価制度が不透明な組織では、「どう頑張っても正しく評価されない」という不信感が募り、離職につながります。
役割定義、評価基準、査定手順を明文化し、期初の目標設定と期中のフィードバックを必ず行う仕組みを整えること。評価結果の通知時には、達成できた点と不足している点を具体例とともに説明し、次の行動につなげられるようにすること。
評価者間でのすり合わせを行い、ばらつきを是正する「評価者会議」を設ければ、公平性は高まります。
・ 給与テーブルの再設計は回避不可能
給与水準が業界平均より低ければ、人材流出は避けられません。まずは市場相場を調査し、自社の処遇を定期的に見直す必要があります。
その際は、給与だけでなく賞与や各種手当も含め、総報酬ベースで競合と比較することが重要です。さらに、昇給や昇格のルールを明文化し、透明に運用することで従業員の納得感を高められます。
努力が正当に報われると感じられれば、エンゲージメントは維持され、離職意向も下がります。
・ ワークライフバランスと福利厚生は「選ばれる理由」になる
働き方の柔軟性は、離職防止の強力な武器です。フレックスタイム、リモートワーク、短時間勤務、週休制度など、多様な勤務形態を整備することで、従業員はライフステージに応じた働き方を選択できます。
重要なのは、制度を導入するだけでなく、成果主義の評価を徹底することです。勤務時間や出社日数ではなく、成果や達成度を基準に評価すれば、公平感が高まります。
また、食事補助や家事代行サービスの利用補助といった福利厚生は、日々の満足度を高め、実質的な手取りアップにもつながります。
〇 離職防止は「優しさ」ではなく「経営戦略」である
・ 人手不足倒産は現実のリスク
2025年上半期だけで202件の人手不足倒産が発生しています。これは、離職対策を怠ることが企業の存続を脅かす現実的なリスクであることを示しています。
離職による人材不足が続けば、現場の業務が滞り、生産性が低下し、顧客満足度が下がり、売上が減少する——この悪循環が、倒産へと直結します。
・ 暗黙知の喪失は競争力の低下を招く
従業員が持つ暗黙知——経験を通じて培われた判断力や顧客対応のコツ——は、企業独自の強みを支える重要な資産です。
マニュアル化が難しく、属人的に蓄積される性質が強いため、離職によって途絶すると大きな損失となります。後任者への継承が不十分な場合、組織内にノウハウが残らず、競争力が低下します。
・ 採用・教育コストの増大
従業員が離職すると、後任を確保するための採用活動や教育に大きな負担が生じます。就職みらい研究所の「就職白書2020」によれば、1人あたりの平均採用コストは、新卒で93.6万円、中途で103.3万円です。
求人広告や人材紹介手数料などの外部コストに加え、面接・選考を担当する従業員の工数も考慮すると、実際の負担はさらに大きくなります。
〇 離職防止のために今すぐできる5つの施策
1. 給与・報酬制度の市場相場との照合
まずは自社の給与水準が市場相場と比較してどうなのかを調査しましょう。業界平均より低ければ、人材流出は避けられません。総報酬ベースでの比較が重要です。
2. 評価制度の透明化とフィードバックの徹底
役割定義、評価基準、査定手順を明文化し、全従業員に公開しましょう。期初の目標設定と期中のフィードバックを必ず行い、評価結果は具体例とともに説明することが重要です。
3. ワークライフバランスを支える柔軟な勤務制度の導入
フレックスタイム、リモートワーク、短時間勤務など、多様な働き方を選択できる制度を整備しましょう。成果主義の評価を徹底すれば、公平感が保たれます。
4. 福利厚生の充実(特に食事補助や生活支援)
食事補助や家事代行サービスの利用補助など、日々の生活を支える福利厚生は、従業員の満足度を高めます。誰でも利用しやすく、申請が簡単な制度設計が重要です。
5. 心理的安全性の高い職場づくり
上司と部下の1on1を定期的に実施し、業務上の悩みやキャリア展望を気軽に話せる場を用意しましょう。失敗を共有して学びに変える文化や、自由に意見を出しやすい雰囲気づくりも効果的です。
〇 まとめ:離職防止は「未来を壊さない設計」である
離職対策は、優しさでも善意でもありません。組織の未来耐久性を担保し、回復可能性を設計する経営戦略そのものです。
約4割が「静かな退職」状態にあるという調査結果は、多くの組織が構造的な課題を抱えていることを示しています。企業と従業員のニーズのズレを放置すれば、静かな退職は加速し、最終的には実際の離職へとつながります。
給与テーブルの再設計、評価制度の透明化、ワークライフバランスの改善、福利厚生の充実——これらは単なる「やさしい施策」ではなく、組織を壊さないための必須条件です。
制度は道具です。正しく設計し、運用すれば、組織は強くなります。
あなたの会社の人事制度、本当に機能していますか? 従業員全員に、「誰が、どう頑張れば報われるのか」が見えていますか?
離職防止は、今この瞬間の満足度ではなく、3年後、5年後も従業員が成長し続けられる仕組みを作ることです。未来を見据えた制度設計こそが、組織の持続的成長を支える唯一の道です。
参考記事:
【2025年最新】離職対策の正解は?従業員の本音から見る「本当に効く施策」
https://edenred.jp/article/hr-recruiting/331/
執筆者プロフィール
若林 忠旨
社会保険労務士法人東京中央エルファロ – 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー
人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとしての経営者視点を融合し、「経営戦略」としての人事制度設計を提案。制度と現場の”すき間”を埋め、戦力化を実現する仕組みづくりが得意。




