労務経営ブログ
「改善の見込みなし」解雇有効判断が教える人事の本質——是正可能性ゼロを2年放置した組織の失敗
〇裁判所が「改善の見込みがない」と断じた事例
裁判所が「改善の見込みがないといわざるを得ない」と断じ、解雇を有効と判断した事例が話題になっています。
入社初日から差別的ともとれる発言、LINEグループでの暴走、女性社員への配慮を欠いた言動、上司への攻撃的態度——2年間にわたる指導を経ても改善が見られず、最終的に解雇が有効と判断されました。
多くの人は「よく2年も我慢した」と思うでしょう。しかし、社会保険労務士として10年以上、人事評価制度設計や組織マネジメントに携わってきた立場から言えば、本当の問題はまったく別のところにあります。
〇なぜ2年も放置したのか?
この記事では、今回の解雇事例を通じて、人事が本当に学ぶべき教訓——「是正可能性」の見極めと、「組織を守るための即断」の重要性について解説します。
〇 事件の経緯——入社初日から明らかだった組織適格性の欠如
・ 入社初日:差別意識と周囲への配慮不足
問題社員(Aさん)は、産業用ロボットのシステム開発会社にエンジニアとして採用されました。しかし、問題行動は入社初日から始まっていました。
新入社員6人が参加したミーティングで、人事部が「社長は以前、ある国の会社でトップクラスの営業成績を収めていた」と紹介したところ、Aさんは「その国で働いていた」と紹介されたこと自体に不満を述べました。
裁判所は、この時点で「Aさんがある国に対する差別意識を有していると認識されてもやむを得ない」と判断しています。
・ 指導への拒絶:「孤独な旅になりそうですね」
Aさんは業務上、すぐに質問をして自分ひとりで解決しようとしない傾向がありました。
上司がこれまでの指導をふまえて「他の人がやっていることに干渉せずに、1か月、汗を流すということを思い出してください」と返信したところ、Aさんは「そうであるなら、孤独な旅になりそうですね」と皮肉的なメッセージを送りました。
これは、指導を真摯に受け入れる姿勢がないことを示しています。
・ LINEグループでの暴走——職場環境の破壊
Aさんは、従業員の大半が参加するLINEグループでも、複数のトラブルを引き起こしました。
1. マスクの高額転売を示唆
品薄だった時期にマスクの写真を添付し、「うちの奥さんがこのマスクを備蓄していることに気が付いたよ。どうしよっかな。売って儲けることもできるし」と投稿。同僚と言い争いになり、職場の空気を悪化させました。
2. 女性用トイレの画像を投稿
使用中になっているトイレの画像とともに、「みんな、日常的にトイレが不足して困っていない?もしかしたら、現在の女性専用トイレのいくつかを男女共用トイレにできるかもしれないね」とメッセージを送信。女性従業員の感情を逆なでする、配慮を欠いた言動でした。
・ 会社側の対応:2年間の指導と警告書
会社はいきなり解雇したわけではありません。約2年間にわたり、上司は「他の人の気持ちに配慮する必要がある」「やっていいことかどうか判断がつかないときはやらないほうがいい」など、注意指導を繰り返しました。
それでも改善が見られず、社員からも「Aさんが人種差別的、性差別的なハラスメントを行っている」との苦情が出たことから、会社は「態度や言動に関する懸念について」と題する警告書を発しました。
最終的には、2か月間の自宅待機期間を経て、解雇を言い渡しました。
〇 裁判所の判断——解雇は「有効」
Aさんは解雇に納得できず提訴しましたが、裁判所は「解雇は有効」と判断しました。
・
・ 裁判所が重視した3つのポイント
1. 差別意識と周囲への配慮不足
入社初日から周囲への配慮のない言動を繰り返し、他者への配慮を欠いた言動によって複数のトラブルを生じさせていた。
2. 上司の指導をことごとく拒絶
上司からの再三の注意に対し、「あなたは本当に、私がこの件に関してもっと何かしなきゃならないと思ってるんですか?」「とにかく、あなたのアドバイスを守ったってことを見せるために、共有しましたよ」など、極めて不誠実な反応を示した。
3. 組織適格性の欠如
「Aさんは、組織において他者と協力して業務に当たるための適格性を欠いており、注意指導等による改善の見込みもないといわざるを得ない」
裁判所はこう結論づけました。
〇 本当の問題:なぜ2年も放置したのか?
・ 多くの人が見落とす真の論点
この事例を読んだ多くの人は、「よく2年も我慢した」「解雇は妥当」と思うでしょう。
しかし、人事の専門家として私が問いたいのは、逆です。なぜ2年も放置したのか?
組織適格性の欠如は、入社初日から明らかでした。差別意識、周囲への配慮不足、指導への拒絶——これらは「時間をかければ改善する」性質のものではありません。
・「是正可能性」という判断軸
私が人事制度設計で一貫して重視してきたのは「是正可能性」という判断軸です。
是正可能性とは、指導や教育によって改善する見込みがあるかどうか、という視点です。
是正可能性がある場合:
– 能力不足だが学習意欲がある
– 経験不足だが指導を素直に受け入れる
– 失敗したが反省し次に活かそうとしている
このような場合は、時間を与え、機会を与え、サポートすべきです。
是正可能性がゼロの場合:
– 入社初日から協調性がない
– 指導を拒絶し、攻撃的態度を繰り返す
– 他者への配慮がなく、トラブルを繰り返す
このような場合、時間をかけても改善しません。むしろ、組織全体を疲弊させます。
今回の事例は、明らかに後者です。
### 2年間の放置が組織に与えた損失
2年間、他の従業員は何を感じていたでしょうか?
– 劣悪な就業環境に耐え続けた
– 士気が低下し、生産性が落ちた
– 「会社は問題社員を野放しにしている」と不信感を抱いた
– 優秀な人材が静かに去っていったかもしれない
その損失は、計り知れません。
解雇訴訟のリスクを恐れて判断を先延ばしにした結果、組織全体が疲弊し、未来が壊れていったのです。
〇 人事の責任は「組織全体の未来耐久性を担保すること」
・ 感情的な「優しさ」は組織を壊す
多くの人事担当者が陥る罠は、感情的な「優しさ」に流されることです。
「もう少し様子を見よう」
「もしかしたら改善するかもしれない」
「解雇はかわいそう」
これらの判断は、一見優しく見えます。しかし、それは本人にも、組織にも、優しくありません。
是正可能性がゼロの人材を放置することは、他の従業員を苦しめ、組織全体の未来を壊す行為です。
・ 未来耐久性という判断基準
私が一貫して主張してきた「未来耐久性」という視点から言えば、今回の解雇判断は「有効」ではなく、「2年遅い」のです。
未来耐久性とは、「今、社員が満足しているか」ではなく、「3年後、5年後も、この組織が壊れず、人が成長し続けられるか」という判断基準です。
是正可能性がゼロの人材を2年間放置することは、組織の未来耐久性を著しく損なう行為です。
・ 嫌われ役を引き受けることも専門家の機能
人事の専門家として、私は「嫌われる覚悟」の重要性を強調してきました。
解雇は誰もがやりたくない判断です。しかし、組織全体を守るために必要な判断であれば、嫌われ役を引き受けることも専門家の重要な機能です。
短期的な称賛より、長期的に壊れない選択を取ることが責任です。
〇 是正可能性を見極めるための3つの視点
1. 入社初期の行動パターン
入社初日から協調性がなく、周囲への配慮を欠いた言動をする場合、それは「性格」や「価値観」の問題であり、短期間で改善することはありません。
能力不足は教育で補えますが、価値観の不一致は時間では解決しません。
2. 指導への反応
指導に対して真摯に向き合い、改善しようとする姿勢があるか。それとも、拒絶し、攻撃的に反応するか。
後者の場合、是正可能性はゼロです。
3. トラブルの頻度と質
一度の失敗は誰にでもあります。しかし、同じようなトラブルを繰り返し、しかもそれが他者への配慮を欠いたものである場合、それは構造的な問題です。
〇 解雇を決断する前にすべき3つのステップ
1. 明文化された評価基準の確認
就業規則や評価制度に、解雇事由が明文化されているか。「組織適格性の欠如」「協調性の欠如」が解雇事由として明記されているかを確認します。
2. 記録の徹底
指導の内容、日時、本人の反応を詳細に記録します。これは解雇訴訟のリスクに備えるためだけでなく、是正可能性を客観的に判断するためにも重要です。
3. 段階的な警告
口頭注意→書面警告→最終警告→解雇という段階を踏みます。ただし、是正可能性がゼロであることが明白な場合は、この期間を必要以上に長くすべきではありません。
今回の事例のように2年間もかける必要はないのです。
〇 是正可能性のある人材への最大限の支援
・ 誤解してはいけないこと
ここまで「即断」の重要性を強調してきましたが、誤解してはいけないことがあります。
是正可能性のある人材には、最大限の支援をすべきです。
– 能力不足だが学習意欲がある人材
– 経験不足だが指導を素直に受け入れる人材
– 失敗したが反省し次に活かそうとする人材
このような人材には、時間を与え、教育投資をし、成長の機会を提供すべきです。
問題は、是正可能性がゼロの人材を、感情的な「優しさ」で放置することです。
・ メリハリのある人事戦略
– 是正可能性のある人材 → 最大限の支援と投資
– 是正可能性がゼロの人材 → 即断と組織防衛
このメリハリこそが、組織の未来耐久性を担保する人事戦略です。
〇 組織を守るための制度設計
・ 試用期間の活用
多くの企業で試用期間は3〜6か月ですが、この期間を有効活用すべきです。
組織適格性の欠如は、試用期間中に十分判断できます。今回の事例も、入社初日から兆候がありました。
試用期間中であれば、本採用拒否という形で、解雇よりもリスクを抑えて対応できます。
・ 評価制度への組み込み
「協調性」「周囲への配慮」「指導への姿勢」を評価項目に明示的に組み込みます。
これらを数値化し、基準に達しない場合の対応フローを明文化します。
・ 早期発見の仕組み
上司だけでなく、同僚や他部署からのフィードバックを集める360度評価の仕組みを導入します。
問題行動を早期に発見し、是正可能性を判断するための情報を集めます。
〇人事の責任は感情ではなく構造で担保する
今回の「改善の見込みなし」解雇有効判断が教えてくれるのは、以下の教訓です。
1. 是正可能性の見極めが最重要
指導で改善する見込みがあるか、ないか。この判断軸が組織の未来を決めます。
2. 是正可能性がゼロなら即断すべき
感情的な「優しさ」で判断を先延ばしにすることは、組織を壊す行為です。
3. 嫌われ役を引き受けるのも専門家の機能
短期的な称賛より、長期的に壊れない選択を取ることが責任です。
4. 是正可能性のある人材には最大限の支援を
メリハリのある人事戦略が、組織の未来耐久性を担保します。
5. 制度設計で組織を守る
試用期間の活用、評価制度への組み込み、早期発見の仕組み——感情ではなく構造で担保します。
人事の責任は、個人への「優しさ」ではなく、組織全体の未来を守ることです。
今回の解雇判断は「有効」ではなく、「2年遅い」。この認識こそが、組織を守る人事の出発点です。
参考記事:
「改善の見込みがないといわざるを得ない」裁判所に言わしめた”問題社員” 「解雇有効」と判断された不適切発言の内容とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/352394b88b218b0389fca0c6fd36f9612721f6ff
執筆者プロフィール
若林 忠旨
社会保険労務士法人東京中央エルファロ – 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー
人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとしての経営者視点を融合し、「経営戦略」としての人事制度設計を提案。制度と現場の”すき間”を埋め、戦力化を実現する仕組みづくりが得意。




