労務経営ブログ
エンゲージメント率7%の日本企業が陥る人事評価制度の罠と、本当に必要な組織設計
〇 なぜ日本のエンゲージメント率は世界最低水準なのか
全国エンゲージメント実態調査2026が実施され、日本の従業員エンゲージメント率が7%という衝撃的な数字が話題になっています。これはGallupの調査でも明らかになっている通り、世界的に見ても極めて低い水準です。
人事評価シート10万件のデータ分析からも、評価制度の設計と現場運用の深刻な乖離が浮き彫りになりました。多くの企業が「エンゲージメント向上」を掲げて人事制度改革に取り組んでいますが、なぜ成果が出ないのでしょうか。
私は社会保険労務士として、また外部CHROとして数多くの企業の人事制度設計に関わってきました。その経験から断言できるのは、エンゲージメント施策の大半が「根本的に間違った前提」に立っているということです。
〇 エンゲージメント向上施策が失敗する3つの理由
・ 理由1:人の感情を前提に制度を設計している
最も致命的な誤りは、「社員の善意や熱意」を前提に制度を組み立てることです。
確かに、やる気のある社員、熱意のある評価者がいれば、どんな制度でもうまく回ります。しかし、それは「たまたまうまくいっている」だけであり、持続可能な構造ではありません。
人事制度設計において、私が最上位の判断基準としているのは「未来に耐えるかどうか」です。今この瞬間の満足度や、一時的な盛り上がりではなく、5年後、10年後も機能し続ける構造になっているか。これが問われるべきです。
・ 理由2:評価者の能力に依存しすぎている
人事評価シート10万件のデータが示すのは、「評価制度はあるが、適切に運用されていない」という現実です。
評価制度を導入する際、多くの企業は「評価者研修」を実施します。しかし、研修を受けたからといって、すべての管理職が適切に評価できるようになるわけではありません。
評価者の能力や意欲にバラつきがある以上、それに依存した制度設計は必ず破綻します。必要なのは、「誰が評価しても一定の公平性が担保される仕組み」です。
・ 理由3:是正ルートが機能していない
不当な評価を受けた社員が声を上げられるルートはあるでしょうか。そして、それは本当に機能しているでしょうか。
多くの企業では、形式的に「人事相談窓口」や「目安箱」が設置されていますが、実際に利用されることはほとんどありません。なぜなら、声を上げることで不利益を被るのではないかという恐怖があるからです。
是正ルートが機能しない組織では、不満は蓄積し続け、ある日突然離職という形で表面化します。
〇 本当に必要なのは「エンゲージメント破壊防止」の設計思想
私が提唱したいのは、エンゲージメント「向上」ではなく、エンゲージメント「破壊防止」を中心に据えた制度設計です。
・ エンゲージメント破壊防止とは何か
これは、社員のやる気を引き出すことを目的とするのではなく、社員のやる気を奪う要因を徹底的に排除することを目的とします。
人事制度は「モチベーションを上げる装置」である前に、「組織を壊さない安全装置」であるべきです。
具体的には、以下の3つの構造設計が必要です。
〇 持続可能な人事評価制度に必要な3つの構造設計
1. 恣意性の排除:評価基準の明確化と標準化
評価が評価者によってブレることが、最も社員のエンゲージメントを破壊します。
「Aさんの下では高評価だったのに、Bさんの下では低評価になった」という経験をした社員は、評価制度そのものを信頼しなくなります。
恣意性を排除するためには、以下の取り組みが有効です。
評価基準の具体化
「コミュニケーション能力が高い」といった抽象的な基準ではなく、「週次会議で必ず発言し、チーム内の情報共有を主導した」など、行動レベルで評価基準を定義します。
評価者キャリブレーション
評価者同士で評価結果をすり合わせ、評価のバラつきを調整する仕組みです。一人の評価者の判断に委ねるのではなく、組織として評価の妥当性を検証します。
データに基づく評価
可能な限り、定量的なデータに基づいて評価します。売上、処理件数、プロジェクト完了率など、測定可能な指標を活用することで、評価の客観性が高まります。
2. 是正可能性の確保:声を上げられる組織文化の構築
不当な扱いを受けた社員が、安心して声を上げられるルートを確保することが重要です。
匿名性の担保
相談や通報が匿名で行える仕組みを整備します。ただし、匿名だからといって無責任な告発を許すのではなく、一定の証拠や具体性を求める運用が必要です。
報復の禁止と徹底
声を上げたことで不利益を被らないことを明文化し、違反した場合の厳正な処分を明示します。これが形骸化すると、制度全体が機能しなくなります。
是正プロセスの透明性
相談や通報を受けた後、どのようなプロセスで調査・是正が行われるのかを明確にします。「相談したけど何も変わらなかった」という経験が積み重なると、制度への信頼は失われます。
3. 回復重視の思想:制度が壊れたときの復旧設計
どんなに優れた制度でも、運用の中で必ず歪みや不具合が生じます。重要なのは、それをどう回復させるかです。
定期的な制度監査
年に1回以上、人事評価制度が適切に運用されているかを監査します。社員アンケートや評価データの分析を通じて、制度の健全性を確認します。
迅速な是正措置
問題が発見された場合、迅速に是正措置を講じます。「来年度から見直します」では遅すぎます。問題を放置する期間が長いほど、組織へのダメージは大きくなります。
制度改善の継続
一度作った制度を金科玉条とせず、継続的に改善していく姿勢が重要です。現場の声を聞き、時代の変化に合わせて柔軟に制度を進化させます。
〇 エンゲージメント調査は測定して終わりではない
全国エンゲージメント実態調査2026のような調査は、測定して終わりでは意味がありません。
重要なのは、調査結果から「何が組織を壊しているか」を特定し、それを是正する覚悟を持つことです。
エンゲージメントが低い原因は、多くの場合、以下のいずれかに起因します。
– 評価の不公平感
– 上司との関係性の問題
– 成長機会の欠如
– 報酬の不満
– 組織のビジョンへの共感不足
これらの中で、最も影響が大きいのは「評価の不公平感」です。どんなに給与が高くても、成長機会があっても、評価が不公平だと感じれば、社員のエンゲージメントは崩壊します。
〇 未来に耐える制度設計のために
人事評価制度の設計において、私が常に問いかけるのは以下の3つです。
1. この制度は5年後も機能するか?
今の社員、今の評価者がいなくなっても、制度は持続可能か。人に依存しない構造になっているか。
2. この制度は是正可能か?
制度が壊れたとき、どこがどう壊れたかを検証し、修復できる設計になっているか。
3. この制度は責任を引き受けられるか?
制度設計者として、この制度が引き起こす結果に対して責任を持てるか。
短期的な称賛よりも、長期的に壊れない選択を取ること。それが人事制度設計における専門家の責任です。
〇# まとめ:感情ではなく構造で組織を守る
日本のエンゲージメント率7%という数字は、確かに深刻です。しかし、それを「社員のやる気を引き出す」という感情的なアプローチで解決しようとすると、さらに状況は悪化します。
必要なのは、人の善意や熱意に依存せず、構造と制度設計で安全を担保することです。
エンゲージメント「向上」ではなく、エンゲージメント「破壊防止」を設計の中心に据える。評価制度は「モチベーションを上げる装置」ではなく、「組織を壊さない安全装置」として機能させる。
これが、未来に耐える人事制度設計の本質です。
人事制度でお悩みの経営者の方、人事担当者の方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度ご相談ください。現場の実態を踏まえた、持続可能な制度設計をご一緒に考えます。
参考記事
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000225.000083936.html
執筆者プロフィール
若林 忠旨
社会保険労務士法人東京中央エルファロ – 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー
人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとしての経営者視点を融合し、「未来に耐える組織設計」を提案。制度と現場の”すき間”を埋める実践的支援を行う。




