労務経営ブログ
「システムを入れれば効率化する」という幻想:中堅企業が陥る典型的な罠
システムは道具であって、魔法ではない
2026年2月13日、株式会社ラクスが「楽楽人事労務」という新サービスを発表しました。従業員300名以下の中堅・中小企業向けに、人事労務業務を一元管理するクラウドシステムです。2026年4月1日より提供開始とのことです。
機能面を見ると、従業員台帳管理、入退社手続き、年末調整、e-Gov電子申請、人事評価管理など、人事労務業務に必要な機能が網羅されています。プラスアルファ・コンサルティング社の「タレントパレット」を基盤としたOEM製品であり、技術的には信頼できるサービスだと思います。
しかし、社会保険労務士として、また外部CHROとして200社以上のシステム導入を支援してきた立場から、率直に申し上げます。システムを導入すれば、業務が効率化するわけではありません。
なぜなら、システムは道具であって、魔法ではないからです。道具は使い方を理解して初めて価値を生みます。使い方を理解しないまま導入しても、業務は効率化しません。むしろ混乱します。
本記事では、中堅企業がシステム導入で失敗する典型的なパターンと、システムが本当に価値を生むために必要な「構造設計」について解説します。
記事リンク:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000142.000017058.html
〇 中堅企業がシステム導入で失敗する典型的なパターン
・ パターン1:「とりあえず入れてみよう」という思考停止
中堅企業がシステム導入で失敗する最も典型的なパターンは、「とりあえず入れてみよう」という姿勢です。
現状の業務フローを見直さず、紙やExcelでやっていた作業をそのままシステムに移す。これでは効率化しません。むしろ、システム入力という新たな業務が増えるだけです。
私が外部CHROとして支援したある中堅製造業では、高額な人事システムを導入したものの、1年後には誰も使わなくなっていました。理由を聞くと、「入力が面倒」「紙の方が早い」という答えが返ってきました。
・ パターン2:業務フローの見直しをしないままシステム化
なぜこうなったのか?システム導入前に、業務フローの見直しをしなかったからです。
この企業では、入社手続きを紙で行なっていました。新入社員が入社すると、人事担当者が手書きで各種書類を作成し、各部署に配布していました。この作業には1人あたり2時間かかっていました。
システム導入後、この作業はどう変わったか?紙への手書きが、システムへの入力に変わっただけでした。配布作業は自動化されましたが、入力作業は残ったままでした。結果として、作業時間は1.5時間に短縮されましたが、「面倒」という印象は変わりませんでした。
・ パターン3:運用体制を設計しないまま導入
もう一つの問題は、運用体制を設計しないまま導入したことです。
システムの管理者は誰なのか。トラブルが起きたとき、誰が対応するのか。従業員からの問い合わせには、誰が答えるのか。これらが明確でなかったため、問題が起きるたびに混乱が生じました。
結果として、システムへの不信感が高まり、「紙の方が確実」という声が強くなり、誰も使わなくなりました。
〇 構造設計:システム導入前に明確にすべき3点
・ 制度は道具である:使い方を理解しないまま導入しても無意味
私の思想では「制度は道具」と考えます。人事制度も、システムも、すべて道具です。道具は使い方を理解して初めて価値を生みます。
システムが価値を生むためには、導入前の「構造設計」が不可欠です。具体的には、以下の3点を明確にする必要があります。
1. 現状の業務フローのどこに無駄があるのか
まず、現状の業務フローを徹底的に洗い出す必要があります。
– どの業務に何時間かかっているのか
– どの作業が重複しているのか
– どの作業が本当に必要なのか
– どの作業が属人化しているのか
この分析なしにシステムを導入すれば、無駄な作業をシステム化するだけで終わります。
私が支援する際は、必ず業務フローの可視化から始めます。人事労務業務を洗い出し、各作業の所要時間を記録し、無駄な作業を特定します。そして、その無駄を削ぎ落とす。この作業だけで、業務時間が30%削減されることも珍しくありません。
2. システムでどの業務を自動化・効率化するのか
次に、システムで自動化すべき業務を明確にします。
入退社手続き、社会保険の電子申請、年末調整など、システムで自動化できる業務は多岐にわたります。しかし、すべてを一度に自動化する必要はありません。
重要なのは「時間軸判断」です。最も効果が高い業務から優先的に自動化する。これが限られたリソースで最大の効果を出す戦略です。
具体的には、以下の基準で優先順位をつけます。
– 現状で最も時間がかかっている業務
– 最もミスが発生しやすい業務
– 最も属人化している業務
この3点を満たす業務から自動化すれば、最も効果が高くなります。
3. システム導入後、誰がどう運用するのか
最後に、運用体制を設計します。
– 誰がシステムの管理者になるのか
– トラブルが起きたとき、誰が対応するのか
– 従業員からの問い合わせには、誰が答えるのか
– 定期的にデータをメンテナンスするのは誰か
この運用体制が明確でなければ、システムは導入後に放置されます。
私が支援する際は、運用マニュアルの作成と、担当者への研修を必ず行ないます。システムベンダーの研修だけでは不十分です。自社の業務フローに合わせた運用マニュアルが必要です。
〇 是正ルート:問題が起きたときにどう対応するか
・ 完璧なシステムなど存在しない
私の思想では「違法か合法かではなく、是正ルートと意味づけが描けるかが重要」としています。システム導入も同じです。
完璧なシステムなど存在しません。導入後に必ず問題が起きます。
– 入力ミス
– データ不整合
– システムトラブル
– 従業員の理解不足
重要なのは、問題が起きたときに「どう是正するか」のルートが設計されているかです。
・ 是正ルートの設計:問題発生から解決までの流れ
具体的には、以下の流れを設計します。
1. 問題の発見:誰がどのように問題を発見するのか
2. 報告:発見した問題を誰に報告するのか
3. 対応:報告を受けた担当者はどう対応するのか
4. エスカレーション:対応しきれない場合、誰にエスカレーションするのか
5. 再発防止:同じ問題が起きないよう、どう改善するのか
この是正ルートがなければ、問題は放置され、システムへの不信感が高まり、誰も使わなくなります。
〇 未来耐久性:5年後も使い続けられるシステムとは
・ 今便利なシステムではなく、未来に耐えるシステムを選ぶ
私が最も重視するのは「未来耐久性」です。今この瞬間に便利なシステムではなく、5年後も10年後も使い続けられるシステムを選ぶ。
そのためには、システムの柔軟性が重要です。
– 組織が成長し、従業員数が増えたとき、システムも対応できるか
– 業務フローが変わったとき、システムもそれに対応できるか
– カスタマイズやAPI連携が可能か
– 他のシステムとの連携は容易か
「楽楽人事労務」は、API連携や「楽楽勤怠」との連携が可能とのことなので、この点では評価できます。
・ システムの柔軟性だけでは不十分
しかし、システムの柔軟性だけでは不十分です。運用する人間が、組織の変化に合わせてシステムを調整できる体制が必要です。
私が支援する際は、システム管理者への研修だけでなく、定期的なレビュー会議の設定も行ないます。3ヶ月に1度、システムの運用状況を確認し、改善点を洗い出す。この仕組みがあって初めて、システムは組織の成長に合わせて進化します。
〇 障害者雇用の現場で学んだ「構造設計」の本質
・ 善意に依存した仕組みは、必ず崩れる
私は人工透析患者として10年間勤務した経験があります。また現在、障害者雇用戦略アドバイザーとして、多くの企業の障害者雇用を支援しています。
その現場で痛感するのは「善意や感情を前提にした仕組みは、必ず崩れる」という事実です。善意は続きません。感情は変わります。だから、人の善意や感情を前提にせず、構造と制度設計で安全と回復を担保する。これが私の基本姿勢です。
・ システム導入も同じ構造問題
システム導入も同じです。「担当者が頑張れば何とかなる」という善意前提の運用では、いずれ崩れます。
明確な運用マニュアル、是正ルート、定期的なレビュー会議という構造を設計し、誰が担当者になっても機能する仕組みを作る。それが未来に耐えるシステム運用です。
〇 中堅企業にこそ必要な「構造設計」
・ システム導入に失敗するコストは非常に大きい
中堅企業は大企業と違い、システム導入に失敗するコストは非常に大きい。
「楽楽人事労務」の場合、初期費用10万円、月額3万円〜というコストは、中堅企業にとって決して小さくありません。年間で最低36万円、3年間で108万円のコストになります。
この投資を無駄にしないためには、システム導入前の構造設計が不可欠です。
・ 限られたリソースで最大の効果を出す戦略
中堅企業の人事部門は、大企業のような潤沢なリソースを持っていません。だからこそ、無駄を削ぎ落とし、本当に効果のある業務にリソースを集中する必要があります。
システムは、その戦略を実現する道具です。しかし、戦略なき道具は、単なるコストで終わります。
〇システムは道具、使い方次第で価値が変わる
「楽楽人事労務」は、機能面では優れたシステムだと思います。しかし、システムは道具です。道具の使い方を理解しないまま導入しても、業務は効率化しません。
重要なのは、導入前の「構造設計」です。
1. 現状の業務フローのどこに無駄があるのか
2. システムでどの業務を自動化・効率化するのか
3. システム導入後、誰がどう運用するのか
この3点を明確にし、是正ルートを設計し、運用体制を整える。これがあって初めて、システムは組織を成長させる推進力になります。
私の思想では「思想は実績によってのみ語る資格があり、匿名の思想は価値を持たない」としています。だから私は、実名で、実績を背負って、この提案をします。
システム導入前に、まず構造設計を。これに結果責任を引き受ける覚悟があります。
記事リンク:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000142.000017058.html
【著者プロフィール】
若林 忠旨(わかばやし ただむね)
社会保険労務士法人東京中央エルファロ – 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー
人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとしての経営者視点を融合し、福祉でなく「経営戦略」としての障害者雇用を提案。制度と現場の”すき間”を埋め、戦力化を実現する仕組みづくりが得意。現場が前向きに受け入れる障害者雇用を実践的に支援中。




