労務経営ブログ
2026年人事・労務10トピック:中堅企業が優先すべき「本質的課題」と「法対応」の峻別
すべてに完璧に対応する必要はない
2026年1月、SmartHRが「2026年注目の人事・労務トピック10選【社労士が解説】」を公開しました。社会保険労務士による網羅的な解説で、カスハラ対策、社会保険拡大、障害者雇用率引き上げなど、重要なテーマが並んでいます。
しかし、社会保険労務士として、また外部CHROとして200社以上の人事制度を見てきた立場から、率直に申し上げます。中堅企業が10トピックすべてに完璧に対応することは、現実的ではありません。
なぜか?中堅企業の人事部門には、大企業のような潤沢なリソースがないからです。限られたリソースで最大の効果を出すためには、優先順位をつける必要があります。
本記事では、10トピックを「守りの施策」と「攻めの施策」に峻別し、中堅企業が今すぐ取り組むべき本質的課題を明確にします。
記事リンク:https://mag.smarthr.jp/hr/procedure/2026-HRtrend/
〇 時間軸判断:守りの施策と攻めの施策を峻別する
・ 守りの施策:組織を壊さないための最低限のライン
私の思想では「今の同意・合法性・空気より、将来の持続性と回復可能性を優先する」ことを重視します。この視点で10トピックを見ると、以下が「守りの施策」に分類されます。
【守りの施策】
1. カスタマーハラスメント防止措置の義務化(2026年10月施行)
2. 社会保険の加入対象の拡大(2027年10月から段階的)
3. 障害者の法定雇用率の引き上げ(2026年7月から2.7%)
4. こども性暴力防止法施行(2026年12月)
5. 最低賃金の大幅引き上げ(2026年秋)
これらは法令遵守のための施策です。やらなければペナルティが発生し、社会的信頼を失います。しかし、これらは「組織を壊さないための最低限のライン」であり、「組織を成長させる施策」ではありません。
・ 攻めの施策:組織を未来に向けて成長させる投資
一方、以下は「攻めの施策」に分類されます。
【攻めの施策】
1. 持続的な賃上げに対応する人事制度改定
2. 同一労働同一賃金の実務対応
3. 定年引き上げなど高齢者雇用の見直し
4. 各種非課税枠拡大を受けた福利厚生の見直し
これらは法律で義務づけられているわけではありません。しかし、組織を未来に向けて成長させるための重要な投資です。
・ 中堅企業が最優先すべきは「持続的な賃上げに対応する人事制度改定」
私が最も注目するのは「持続的な賃上げに対応する人事制度改定」です。これは単なる法対応ではなく、組織の未来を左右する構造設計の問題だからです。
〇 未来耐久性:賃上げがあぶり出した人事制度の構造欠陥
・ ベースアップが生んだ「賃金カーブのフラット化」
記事でも指摘されているように、ここ数年のベースアップにより賃金カーブがフラット化し、30代・40代のミドル層の不満が高まっています。
具体的には、以下のような状況が多くの企業で発生しています。
– 新卒の初任給:30万円(前年比5%増)
– 入社10年目の30代社員:35万円(前年比3%増)
– 入社20年目の40代社員:42万円(前年比2%増)
新卒と10年選手の給与差が、わずか5万円。これでは、10年間の努力や成長が正当に評価されていないと感じるのも無理はありません。
・ 外部CHROとして目撃した「優秀者の離職」
私が外部CHROとして支援したある中堅製造業では、優秀な30代社員が次々と転職していきました。理由を聞くと、「どうせ頑張っても給与は変わらない」という答えが返ってきました。
この企業は、2年連続で5%のベースアップを実施していました。しかし、その原資を全社員に均等に配分した結果、成果を出している社員とそうでない社員の給与差が縮まってしまったのです。
これは個人の問題ではなく、構造の問題です。賃上げという外圧が、人事制度の構造欠陥をあぶり出したのです。
・ 時間軸判断:今対応しなければ、5年後に組織は壊れる
この問題を放置すれば、5年後、10年後に組織は壊れます。優秀な人材が流出し、残った社員のモチベーションも低下する。
これが私の思想における「未来耐久性」の欠如です。今この瞬間は平和に見えても、構造的な欠陥は水面下で進行しています。5年後に「あの時対応しておけばよかった」と後悔しても遅いのです。
だから今、人事制度を見直す必要がある。これが時間軸判断です。
〇 構造設計:賃上げに耐える人事制度の3要件
・ 制度は道具である:使い方次第で組織を壊すことも、成長させることもできる
私の思想では「制度は道具」と考えます。道具は使い方次第で、組織を壊すことも、成長させることもできます。
賃上げという外圧を、単なるコスト増で終わらせるのか。それとも、組織を成長させる推進力に変えるのか。それは人事制度の構造設計次第です。
。 賃上げに耐える人事制度の3要件
私が人事制度設計で最も重視するのは「人に依存しない構造」です。善意や頑張りに依存する制度は、必ず崩れます。
賃上げに対応する人事制度とは、以下の3点を満たす必要があります。
1. 明確な評価基準
何をすれば給与が上がるのかが明確である必要があります。「頑張れば上がる」ではなく、「この成果を出せば○万円上がる」という具体性が必要です。
2. キャリアパスの可視化
どの道を進めば成長できるのかが見える必要があります。「管理職になる道」だけでなく、「専門職として成長する道」「プロジェクトリーダーとして成長する道」など、複数のキャリアパスを用意することが重要です。
3. 是正ルート
問題が起きたときに対話で修正できる仕組みが必要です。評価に不満があったとき、キャリアに迷ったとき、上司に相談できる対話の場が制度として設計されている必要があります。
この3点があれば、賃上げは組織を壊すのではなく、成長させる推進力になります。この3点がなければ、賃上げは単なるコスト増で終わります。
〇 障害者雇用の現場で学んだ「構造設計」の本質
・ 善意に依存した制度は、必ず崩れる
私は人工透析患者として10年間勤務した経験があります。また現在、障害者雇用戦略アドバイザーとして、多くの企業の障害者雇用を支援しています。
記事のトピック5では「障害者の法定雇用率の引き上げ」が取り上げられていますが、私が現場で痛感するのは「善意や感情を前提にした制度は、必ず崩れる」という事実です。
善意は続きません。感情は変わります。だから、人の善意や感情を前提にせず、構造と制度設計で安全と回復を担保する。これが私の基本姿勢です。
・ 人事制度も同じ構造問題
賃上げに対応する人事制度も同じです。「優秀な上司が頑張れば何とかなる」という善意前提の設計では、いずれ崩れます。
明確な評価基準、キャリアパスの可視化、是正ルートという構造を設計し、誰が担当者になっても機能する仕組みを作る。それが未来に耐える人事戦略です。
〇 守りの施策も重要:しかし優先順位をつける
・ カスハラ対策は「現場を守る構造」を設計する
もちろん、守りの施策も重要です。特にカスタマーハラスメント対策(2026年10月施行)は、現場で働く従業員を守るために不可欠です。
しかし、ここでも重要なのは「構造設計」です。カスハラ対策は、単にマニュアルを作るだけでは機能しません。
– 現場でカスハラが発生したとき、誰にどう報告するのか
– 報告を受けた上司は、どう対応するのか
– 対応しきれない場合、誰にエスカレーションするのか
– 従業員のメンタルケアは誰が担当するのか
この一連の流れが構造として設計されている必要があります。
・ 社会保険拡大は「パートタイム労働者の働き方設計」を見直す
社会保険の加入対象の拡大(2027年10月から段階的)も、多くの企業に影響します。
しかし、これも単に「法律が変わったから対応する」という受け身の姿勢ではなく、「パートタイム労働者の働き方をどう設計するか」という攻めの視点が必要です。
社会保険に加入することで、パートタイム労働者の手取りは減少します。しかし、将来の年金は増加します。この長期的なメリットをどう伝えるか。それが人事の仕事です。
〇企業にこそ必要な「優先順位づけ」
・ 限られたリソースで最大の効果を出す戦略
中堅企業は大企業と違い、人事部門のリソースが限られています。10トピックすべてに完璧に対応することは不可能です。
だからこそ、優先順位をつける必要があります。守りの施策は最低限のラインを守る。攻めの施策に最大のリソースを投入する。これが限られたリソースで最大の効果を出す戦略です。
・ 人事部門の役割は「構造設計者」である
私が考える人事部門の役割は、制度を導入することではなく、制度が現場で機能し続ける構造を設計することです。
2026年は、守りの施策に追われる年ではなく、攻めの施策で組織を成長させる年にすべきです。賃上げという外圧を、人事制度を見直す好機と捉える。これが未来に耐える人事戦略です。
〇 結果責任倫理:実名で、実績を背負って提案する
・ 専門家として、覚悟を持って提言する
私の思想では「思想は実績によってのみ語る資格があり、匿名の思想は価値を持たない」としています。だから私は、実名で、実績を背負って、この提案をします。
10トピックすべてに完璧に対応する必要はありません。最優先は「持続的な賃上げに対応する人事制度改定」です。これに結果責任を引き受ける覚悟があります。
・ 嫌われる覚悟:優先順位をつけることは、他を後回しにすること
優先順位をつけることは、他のテーマを後回しにすることです。これは必ず反発を生みます。
「カスハラ対策も重要だ」「障害者雇用も急務だ」という声が上がるでしょう。しかし、それを恐れて優先順位をつけなければ、すべてが中途半端で終わります。
これが私の思想における「嫌われる覚悟」です。短期的な称賛より、長期的に壊れない選択を取る。それが専門家としての責任です。
〇 2026年は攻めの年にする
2026年は、守りの施策に追われる年ではありません。攻めの施策で組織を成長させる年にすべきです。
賃上げという外圧を、人事制度を見直す好機と捉える。明確な評価基準、キャリアパスの可視化、是正ルートという構造を設計する。それが未来に耐える人事戦略です。
中堅企業の人事部門、担当役員の皆様。今こそ、優先順位をつけ、本質的な課題に取り組むときです。
記事リンク:https://mag.smarthr.jp/hr/procedure/2026-HRtrend/
【著者プロフィール】
若林 忠旨(わかばやし ただしね)
社会保険労務士法人東京中央エルファロ – 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー
人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとしての経営者視点を融合し、福祉でなく「経営戦略」としての障害者雇用を提案。制度と現場の”すき間”を埋め、戦力化を実現する仕組みづくりが得意。現場が前向きに受け入れる障害者雇用を実践的に支援中。




