労務経営ブログ
2026年人事法改正ラッシュの本質——賃上げが暴いた制度の欠陥と、未来に耐える構造設計の条件
法改正対応ではなく、構造再設計の年
2026年は、人事・労務領域において「法改正ラッシュ」の年と言われています。SmartHRが公開した「2026年注目の人事・労務トピック10選」には、賃上げ対応、最低賃金引き上げ、カスタマーハラスメント対策義務化、社会保険適用拡大、障害者雇用率引き上げなど、対応すべき項目が山積みです。
しかし、これらを単なる「法改正への対応」として捉えるのは、本質を見誤ります。
2026年の法改正ラッシュが意味するのは、持続的な賃上げによって顕在化した制度設計の構造的欠陥への対処です。そしてそれは同時に、属人性に依存しない、未来に耐える組織構造をつくる絶好の機会でもあります。
本記事では、社会保険労務士として人事制度設計に携わってきた経験から、2026年の法改正が示す本質的な課題と、これからの人事に求められる構造設計の視点を解説します。
〇 賃上げが暴いた制度の欠陥:ミドル層の不満とパート時給の横並び
・ ベースアップの繰り返しで顕在化した「賃金カーブのフラット化」
記事では、ここ数年のベースアップによって賃金カーブがフラット化し、30代・40代のミドル層の不満が高まっていると指摘されています。
これは何を意味するのでしょうか。
ベースアップは、全従業員の基本給を一律(または一定割合)で引き上げる施策です。短期的には「みんなの給料が上がる」という公平感がありますが、繰り返すと問題が生じます。
– 若手と中堅の賃金差が縮まる
– 経験や貢献度が賃金に反映されにくくなる
– 「なぜ自分の評価が給料に現れないのか」という不満が蓄積する
これは「賃上げの副作用」ではありません。もともと賃金制度に明確な設計思想がなかったことが、環境変化によって露呈しただけです。
・ 最低賃金上昇で起きた「パート時給の横並び現象」
同様の問題は、パートタイム労働者にも起きています。
2025年の最低賃金は過去最高の6.3%引き上げとなり、全国加重平均は1,121円となりました。2026年も同水準以上の引き上げが予想されています。
その結果、多くのパート労働者の時給が最低賃金で横並びになり、先輩パートのモチベーションが低下するという事態が発生しています。
– 入社したばかりの新人と、10年働いているベテランが同じ時給
– 経験や能力が評価されない
– 「頑張っても意味がない」という無力感
これもまた、職務内容や貢献度に応じた時給設定の仕組みがなかったことが原因です。
・ 制度設計の本質は「未来に耐えるか」
これらの問題に共通するのは、**「その場しのぎの調整」で制度を運用してきたツケが、環境変化によって一気に顕在化した**ということです。
人事制度の本質は、「今うまく回っているか」ではなく、「未来に耐えるか」です。
– 賃金が上がったとき、制度は公平性を保てるか
– 最低賃金が引き上げられたとき、評価の仕組みは機能するか
– 優秀な人材が辞めたとき、組織は持続できるか
これらの問いに答えられない制度は、遅かれ早かれ破綻します。2026年は、その構造的欠陥が一斉に表面化する年なのです。
〇 2026年法改正ラッシュの全体像:10のトピックが示す構造的要請
それでは、2026年の法改正を具体的に見ていきましょう。以下、SmartHRの記事で取り上げられた10のトピックです。
1. 初任給上昇・賃上げへの対応
2. 最低賃金の大幅引き上げへの対応
3. ハラスメント防止措置の強化(カスハラ対策義務化・就活セクハラ防止)
4. 社会保険の加入対象の拡大
5. 障害者の法定雇用率の引き上げ(2.5%→2.7%)
6. 定年引き上げなど高齢者雇用の見直し
7. 同一労働同一賃金の実務対応(ガイドライン改定)
8. こども性暴力防止法施行
9. 各種非課税枠拡大を受けた福利厚生の見直し
10. 労働基準法改正に向けた動き
これらは一見、バラバラのテーマに見えますが、実は共通する構造的要請があります。それは、「属人性に依存しない仕組みづくり」です。
〇 カスタマーハラスメント対策義務化:従業員を守る「撤退ライン」の設計
・ 2026年10月施行、企業に求められる対応
カスタマーハラスメント(カスハラ)防止措置が、2026年10月1日に義務化されます。
カスハラとは、「顧客や取引先などの言動で、社会通念上許容される範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されること」と定義されています。
企業には、パワハラ防止措置に準じた対応が求められます。具体的には以下のような対応です。
– 方針の明確化と周知・啓発
– 相談体制の整備
– 事後の迅速かつ適切な対応
– プライバシー保護と不利益取扱いの禁止
・ 形式的対応では意味がない:「撤退ライン」の明確化こそが本質
しかし、重要なのは形式的な対応ではありません。
多くの企業が「相談窓口を設置しました」「マニュアルを作成しました」で終わってしまいますが、それでは従業員は守れません。
本質的に必要なのは、「ここまでは対応するが、ここからは対応しない」という撤退ラインを組織として明確にすることです。
– どのような言動がカスハラに該当するのか
– カスハラが発生したとき、従業員はどう対応すべきか
– 組織として顧客との取引を打ち切る基準は何か
これらが曖昧なままでは、現場は判断できません。結果として、「お客様だから我慢しろ」という属人的な対応が続き、従業員が疲弊します。
カスハラ対策の本質は、従業員を守る構造を設計することです。それは、担当者の善意や上司の配慮ではなく、制度として機能する仕組みでなければなりません。
〇 同一労働同一賃金ガイドライン改定:公平性を「仕組み」で担保する
・ 最高裁判例を踏まえた新ガイドラインの意味
2020年に施行された改正パートタイム・有期雇用労働法により、均衡・均等待遇(同一労働同一賃金)への対応が求められるようになりました。
当初は裁判例の蓄積が不十分だったため、「同一労働同一賃金ガイドライン」が策定されましたが、その後、複数の最高裁判決が出されたことから、現在、ガイドラインの改定が進んでいます。
この改定により、**再び同一労働同一賃金にスポットライトが当たり、労働局による監督指導も強化される**と予想されます。
。 法令遵守ではなく、組織としての「公平性」の再定義
同一労働同一賃金への対応を、単なる法令遵守として捉えるのは誤りです。
本質的に問われているのは、「公平とは何か」を組織として再定義することです。
– 正社員とパート労働者の待遇差は、どのような理由で正当化されるのか
– 職務内容、責任の程度、配置転換の範囲——これらの違いをどう説明するのか
– 説明できない待遇差は、どう是正するのか
これは、人事担当者が個別に判断するのではなく、組織全体で共有される基準として設計される必要があります**。
多くの企業で、同一労働同一賃金への対応が不十分なまま放置されてきました。その理由は、新型コロナウイルス感染拡大の影響もありますが、より根本的には**「面倒だから後回しにした」**からです。
しかし、問題を先送りにすれば、いずれ破綻します。2026年のガイドライン改定は、その先送りを許さないタイミングです。
〇 社会保険適用拡大:2027年10月から36人以上企業が対象
・ 段階的に拡大される適用範囲
2026年4月以降、段階的に社会保険の加入対象が拡大されます。
現在、従業員数51人以上の企業に勤める従業員は、以下の要件を満たすと社会保険への加入が求められます。
1. 週の所定労働時間が20時間以上
2. 所定内賃金が月額88,000円以上
3. 2か月を超える雇用の見込みがある
4. 学生ではない
今回の改正で、「2. 所定内賃金が月額88,000円以上」が撤廃され、対象企業規模も以下のように段階的に引き下げられます。
– 36人以上の企業(2027年10月から)
– 21人以上の企業(2029年10月から)
– 11人以上の企業(2032年10月から)
– 10人以下の企業(2035年10月から)
・ パート労働者への影響と、構造的な対応の必要性
この改正は、パートタイム労働者に大きな影響を与えます。
従来、週20時間以上働いていても、月額88,000円未満であれば社会保険に加入しなくて済みました。しかし今後は、その基準が撤廃されるため、多くのパート労働者が社会保険に加入することになります。
これは、手取り収入の減少を意味します。結果として、就労調整(労働時間を減らす)が発生する可能性があります。
企業としては、以下の対応が求められます。
– 従業員への丁寧な説明
– 社会保険加入のメリット(老後の年金増加など)の周知
– 賃金体系の見直し
重要なのは、「従業員が納得できる説明」を、属人性に依存せず提供できる仕組みです。担当者によって説明が変わる、上司によって対応が違う——これでは信頼されません。
〇 障害者雇用率引き上げ:2026年7月から2.7%へ
・ 法定雇用率の段階的引き上げ
障害者の法定雇用率が、2026年7月から民間企業で2.7%、国や地方公共団体で3.0%に引き上げられます。
これにより、民間企業では常用従業員が37.5人以上の企業で障害者の雇用が必要となります。
・ 「戦力化」視点での障害者雇用
私は、障害者雇用を専門としており、これまで多くの企業で障害者雇用の戦略設計を支援してきました。
その経験から断言できるのは、障害者雇用を「福祉」として捉える限り、組織は疲弊するということです。
障害者雇用の本質は、「どうすれば戦力として活躍してもらえるか」という構造設計です。
– どんな業務を任せるか
– どんな配慮が必要か
– どう評価し、どう育成するか
これらを「現場の善意」に依存させてはいけません。仕組みとして設計し、誰が担当しても機能する構造をつくることが重要です。
法定雇用率の引き上げは、確かに負担です。しかし同時に、組織の多様性を高め、新しい価値を生み出す機会でもあります。
〇 福利厚生の見直し:非課税枠拡大を活用した手取り増加策
・ 物価上昇を踏まえた非課税枠の見直し
2026年は、各種非課税枠の拡大を受け、福利厚生の見直しが注目されます。
具体的には、以下のような見直しが検討されています。
– マイカー通勤に係る通勤手当の非課税限度額引き上げ(すでに実施済み)
– 食事手当に係る非課税限度額の引き上げ(月額3,500円→7,500円)
これにより、企業は非課税限度枠を活用し、社員の手取りを増やす形での福利厚生を検討できるようになります。
・ 生活に直結する福利厚生へのニーズ
物価が上昇するなか、住宅や食事支援など生活に直結する福利厚生へのニーズが高まっています。
従来の「レクリエーション」「慰安旅行」といった福利厚生よりも、実際の生活負担を軽減する施策が求められているのです。
これは、従業員エンゲージメント向上にもつながります。重要なのは、**「従業員が何を求めているか」を把握し、それに応える構造をつくること**です。
〇 労働基準法改正に向けた動き:副業・兼業、フレックスタイム制の拡大
・ 2024年から続く議論の行方
2019年に施行された働き方改革関連法には、施行5年後の見直し規定があり、2024年からその検証と労働基準法改正の議論が進められています。
当初は2026年の通常国会に法案が提出される予定でしたが、いったん見送られました。しかし、これは法改正が中止されたわけではなく、引き続き議論が行われるということです。
注目のテーマは以下の通りです。
– 副業・兼業時の割増賃金にかかる労働時間通算の見直し
– フレックスタイム制の拡大
– 裁量労働制の見直し
・ 柔軟な働き方と、構造的な労働時間管理の両立
これらの議論に共通するのは、柔軟な働き方を実現しつつ、労働時間管理の実効性をどう担保するかという問いです。
副業・兼業は、従業員のキャリア形成やスキル向上に有効です。しかし、労働時間の通算管理が煩雑であり、企業にとって負担となっています。
フレックスタイム制も同様です。従業員の裁量を尊重しつつ、長時間労働を防ぐ仕組みが必要です。
重要なのは、**「柔軟性」と「管理」を対立させるのではなく、両立させる構造を設計すること**です。
〇 人事制度設計の本質:属人性を排除し、未来に耐える構造をつくる
・ 人の善意に依存した制度は、必ず破綻する
ここまで見てきたように、2026年の法改正ラッシュに共通するのは、「属人性に依存しない仕組みづくり」です。
– 担当者が頑張ればなんとかなる
– 上司が配慮すれば問題ない
– 現場の善意で回っている
こうした前提は、もはや通用しません。
私は社会保険労務士として、多くの企業の人事制度を見てきました。そのなかで確信しているのは、人の善意や能力に依存した制度は、長期的に必ず破綻するということです。
優秀な担当者が異動すれば、制度が機能しなくなる。熱心な上司が退職すれば、職場の雰囲気が変わる。これは「人の問題」ではなく、「設計の問題」です。
・ 制度は「道具」である
人事制度の本質は、制度を「道具」として設計することです。
道具は、誰が使っても同じように機能します。使う人の能力や善意に依存しません。
人事制度も同じです。誰が担当しても、誰が上司でも、制度として機能する構造——それが求められています。
・ 未来に耐える設計の3つの条件
未来に耐える人事制度には、以下の3つの条件があります。
1. 明確な基準と判断枠組み
– 何が許され、何が許されないのか
– どのように評価し、どのように処遇するのか
– 例外的な対応は、どのような基準で判断するのか
これらが明確でなければ、現場は判断できません。
2. 属人性の排除
– 担当者が変わっても、制度は機能するか
– 上司が変わっても、評価は公平か
– 誰もが同じ情報にアクセスできるか
属人性に依存した制度は、持続しません。
3. 回復可能性の担保
– 問題が発生したとき、是正できる仕組みがあるか
– 制度が機能しなくなったとき、見直せるプロセスがあるか
– 従業員が異議を唱えられる窓口があるか
完璧な制度は存在しません。重要なのは、問題が起きたときに回復できる構造です。
〇 おわりに:2026年、人事に求められる覚悟
2026年の法改正ラッシュは、確かに人事担当者にとって大きな負担です。カスタマーハラスメント対策、同一労働同一賃金、社会保険適用拡大、障害者雇用率引き上げ——対応すべき項目は山積みです。
しかし、これらを「やらされ仕事」として捉えるのは誤りです。むしろ、これは組織の構造を根本から見直す絶好の機会です。
SmartHRの記事は、こう結ばれています。
「企業は生産性・収益性を高めると同時に、賃上げにより顕在化したさまざまな問題に対処するため、人事制度の見直しが重要なテーマになるでしょう」
これは、短期的な対症療法ではなく、長期的に耐える構造をつくることを意味しています。
私たちに求められているのは、「今うまく回っているか」ではなく、「未来に耐えるか」という視点です。
短期的な称賛より、長期的に壊れない選択を取ること。嫌われることを恐れず、組織を守る側に立つこと。結果責任を引き受ける覚悟を持つこと。
それが、専門家としての責任であり、2026年を迎える私たちに求められる姿勢だと、私は考えています。
**参考記事**
SmartHR Mag「2026年注目の人事・労務トピック10選【社労士が解説】」
https://mag.smarthr.jp/hr/procedure/2026-HRtrend/




