労務経営ブログ
AI人事の本質的問い——「判断を代行する存在」か「判断を支援する道具」か、結果責任倫理で考える
2026年、AI活用の分岐点
SHLの清田茂執行役員が公開した「2026年、生成AIは人事の仕事をどこまで改善するか」は、人事AI活用における本質的な問いを投げかけています。
それは、「AIは判断を代行する存在か、それとも判断を支援する道具か」という問いです。
記事では、ChatGPTとの対話を通じて、2023年に予測された4つのAI活用領域を検証し、2026年の展望を語っています。その検証結果が示すのは、AIが「意思決定を伴わない領域」では成功し、「意思決定を伴う領域」では慎重に使われたという事実です。
本記事では、社会保険労務士として評価制度設計や人事コンサルティングに携わってきた経験から、AI人事活用における「結果責任倫理」の重要性と、未来に耐える組織づくりの条件を解説します。
〇 2023年の予測と2026年の現実:何が成功し、何が慎重だったのか
・ ChatGPTが予測した4つの活用領域
2023年3月、ChatGPTは人事業務において以下の4領域で貢献できると回答しました。
1. 応募者のスクリーニング:大量の履歴書を自動分析し、最適な候補者をスクリーニング
2. 面接の自動化:質問作成と回答分析を自動化
3. 従業員のトレーニング:トレーニング資料の自動作成と学習支援
4. パフォーマンス評価の改善:従業員のパフォーマンスを自動評価
これらは、当時としては野心的な予測でした。
・ 2026年1月時点の検証結果
3年後の2026年1月、清田氏はChatGPTとともにこの予測を検証しました。その結果が、非常に興味深いのです。
| 項目 | 技術的にできたか | 日本企業への貢献度 |
|——|——————|——————-|
| 1. 応募者スクリーニング | ✅ できた | ⚠️ 限定的 |
| 2. 面接の自動化 | ✅ 部分的にできた | ⚠️ 補助的 |
| 3. 従業員トレーニング | ✅ 十分できた | ✅ 大きく貢献 |
| 4. パフォーマンス評価 | ⚠️ 補助レベル | ❌ 慎重・限定的 |
この結果が示すのは、**技術的に可能であることと、実務で貢献することは別問題**だということです。
・ なぜトレーニングは成功し、評価は慎重だったのか
従業員トレーニングが「大きく貢献」と評価された理由は明確です。
– 研修資料・教材のドラフト作成
– 管理職向け想定Q&A
– OJT中の壁打ち相手
– 英文メール・資料作成支援
これらは、意思決定を伴わない「情報の整理」です。AIが生成した資料が不十分でも、人間が修正できます。リスクは限定的です。
一方、応募者スクリーニングやパフォーマンス評価が「限定的」「慎重」と評価された理由も同じく明確です。
これらは、「誰を採用するか」「誰を昇進させるか」という、結果責任を伴う判断だからです。
〇 結果責任倫理:AIは「道具」であり、人が「責任」を引き受ける
・ 人事の仕事の本質は「判断」である
私は社会保険労務士として、評価制度設計や人事コンサルティングに携わってきました。その経験から確信しているのは、人事の仕事の本質は「判断」であり、その判断には必ず「結果責任」が伴うということです。
– この候補者を採用すべきか
– この従業員を昇進させるべきか
– この評価は公平か
– この処遇は適切か
これらの判断は、組織の未来を左右します。そして、判断が間違っていたとき、その結果に責任を持つのは人間です。
・ AIに責任は取れない
AIがどれだけ高度になっても、AIは責任を取れません。
– AIが推奨した候補者が、入社後にパフォーマンスを発揮できなかったら?
– AIが生成した評価コメントが不適切で、従業員との信頼関係が壊れたら?
– AIの判断が、法的なリスクを生んだら?
これらの責任は、人事担当者が負います。経営者が負います。AIは、何も負いません。
だからこそ、AIは「判断を下す存在」ではなく、「判断の質を高める道具」でなければならないのです。
・ 清田氏の指摘する「正しい使い方」
記事の中で、清田氏(を通じたChatGPTの回答)は、こう述べています。
「AIが選抜における評価や意思決定を行うことはせず、人による評価や意思決定をサポートした」
これは、AIの「正しい使い方」を示しています。
AIは「有能な裏方」です。情報を整理し、解釈し、根拠と選択肢を提供します。しかし、最終判断を下すのは人間であり、その結果に責任を持つのも人間です。
この原則を曖昧にしてはいけません。
〇 意思決定を伴わない領域での成功:トレーニング支援の事例
・ なぜトレーニングはAI活用が進んだのか
従業員トレーニングが「想定以上に成功した」理由を、もう少し深く考察しましょう。
清田氏の記事では、以下の活用例が挙げられています。
– 研修資料・教材のドラフト作成
– 管理職向け想定Q&A
– OJT中の”壁打ち相手”
– 英文メール・資料作成支援(特に日本企業で効果大)
これらに共通するのは、「正解が一つではない」「試行錯誤が許される」「失敗してもやり直せる」という特徴です。
研修資料をAIが作成し、それが不十分だったとしても、人間が修正すれば良いのです。英文メールをAIが下書きし、それが不自然だったとしても、人間が書き直せば良いのです。
つまり、リスクが限定的であり、回復可能性があるのです。
・ 日本企業における特別な効果
清田氏は、日本企業において特に効果が大きかった領域として、以下を挙げています。
– 管理職育成
– グローバル対応
– 若手の自己学習
これは、日本企業の構造的な課題を浮き彫りにしています。
日本企業では、管理職育成が体系化されていないことが多く、「OJTで学べ」という属人的な育成に依存しています。グローバル対応も、英語力の不足が障壁となっています。
AIは、これらの「構造的に不足していた支援」を補完する道具として機能したのです。
〇 意思決定を伴う領域での慎重さ:評価と採用の事例
・ 応募者スクリーニング:「限定的」と評価された理由
応募者スクリーニングは、技術的には可能になりました。履歴書の要約、要件とのマッチ度整理、強み・懸念点の抽出——これらはAIが得意とする作業です。
しかし、日本企業への貢献度は「限定的」と評価されています。
理由は以下の通りです。
– 日本企業は「経験より人物・将来性」を重視
– スクリーニングの最終判断は依然として人手
– 中途・専門職採用では効果ありだが、新卒一括採用・ポテンシャル採用では限定的
つまり、AIは「人事の”目”を代替」するのではなく、「事前整理役」として貢献したのです。
・ パフォーマンス評価:「慎重・限定的」と評価された理由
パフォーマンス評価は、最も慎重に扱われました。
技術的には、以下のことが可能になりました。
– 評価コメントのドラフト生成
– フィードバック文の構造化
– 評価観点の言語化支援
しかし、実務では以下のことは「あえてやらなかった」のです。
– AIによる自動評価
– 昇進・報酬決定への直接利用
理由は明確です。
– 評価は「納得性・説明責任」が最重要
– AI判断はブラックボックスと見なされやすい
– 労務リスク・法的懸念
つまり、AIは「評価を決めるAI」ではなく「評価を書く・考えるAI」として貢献したのです。
・ 日本企業の強み:説明責任と合意形成の文化
清田氏は、日本企業がAIを「判断の裏方」として使うことが、合意形成や説明責任を重視する組織風土に適していると指摘しています。
これは、重要な視点です。
欧米企業のように、AIに判断を委ねることで効率化を図るのではなく、AIを使って判断の根拠を明確にし、説明責任を果たす——このアプローチは、未来に耐える組織の条件です。
なぜか。
説明責任を果たすことは、組織の信頼性を担保するからです。従業員は、自分の評価や処遇が「なぜそうなったのか」を理解したいのです。その説明ができない組織は、長期的に信頼を失います。
〇 2026年の展望:「有能な裏方」としてのAI
・ 清田氏の予測:判断の質を高める存在として定着
清田氏は、2026年末までのAI活用について、以下のように予測しています。
「2026年末までに生成AIが人事的な意思決定を代替する存在にはならないと考えます。AIはあくまで人が行う意思決定の質を高めるために情報を整理し、解釈し、根拠と選択肢を与える存在であり続けます」
これは、現実的で、かつ健全な予測です。
AIが「意思決定を代替する」という夢は、結局のところ、責任の放棄です。AIに任せれば楽になる——そういう誘惑に負けてはいけません。
・ 変化するのは「情報量」と「個別化」
清田氏は、変化するポイントとして以下を挙げています。
「様々な業務ツールにAIが組み込まれることで収集できる情報量が格段に増加し、その膨大な構造化されていない情報から個別的でありながら客観的な判断ができる情報が提供されるようになる」
これは、人事業務の質を大きく変える可能性があります。
従来、人事は限られた情報をもとに判断してきました。面接での印象、上司からの評価、限られたデータ——これらをもとに、採用や昇進を決めてきました。
しかし、AIが膨大な情報を構造化し、個別的でありながら客観的な判断材料を提供できるようになれば、判断の精度は飛躍的に向上します。
重要なのは、それでも**最終判断は人が下す**ということです。
・ 具体的な変化:採用・タレントマネジメント・評価
清田氏は、具体的な業務における変化を以下のように予測しています。
・採用業務
– 面接官ごとの評価のばらつきや採用基準と評価との不整合を可視化
・タレントマネジメント
– ハイポテンシャル人材や後継者を決定するのではなく、なぜその人をハイポ人材(後継者)と仮説づけられるのかを説明し、パーソナライズされた複数の育成シナリオを提示
・評価
– AIが評価を下すのではなく、評価構造や公平性リスクを事前点検し、評価バイアスを可視化し、最適な評価フィードバックの方法やコメントを準備
これらはすべて、「判断を代行する」のではなく「判断の質を高める」アプローチです。
〇 2026年の分岐点:AIを使わないリスクと、AIに依存するリスク
・ 清田氏の予測:人事の質が「静かに、しかし決定的に」分かれる
清田氏は、2026年について以下のように述べています。
「2026年末時点でも人事でAIをフル活用する企業は少数派ですが、AIを全く使っていないことは従業員や求職者から明確な弱点と見なされるようになります」
これは、重要な示唆です。
AIを使わないことは、もはやリスクです。情報の整理や分析において、AIを使う企業との差は歴然と開きます。
しかし同時に、AIに依存しすぎることも、同じくらいリスクなのです。
・ AIを使わないリスク
AIを使わない企業は、以下の課題に直面します。
– 情報整理に時間がかかりすぎる
– 判断材料が不足する
– 説明責任を果たすための根拠が弱い
– 従業員や求職者から「古い会社」と見なされる
これらは、組織の競争力を低下させます。
・ AIに依存するリスク
一方、AIに依存しすぎる企業も、以下の課題に直面します。
– AIの判断を鵜呑みにし、結果責任が曖昧になる
– 説明責任を果たせない(「AIがそう言ったから」では通用しない)
– 法的リスクが顕在化する
– 従業員からの信頼を失う
これらは、組織の持続可能性を脅かします。
・ バランスの取り方:「有能な裏方」として使いこなす
求められているのは、バランスです。
AIを使いこなしながら、最終判断は人が下し、その結果に責任を持つ——このバランスを維持できる組織が、2026年以降も成長し続けます。
〇 結果責任倫理の3つの原則
ここまでの考察をもとに、AI人事活用における「結果責任倫理」の原則をまとめます。
・ 原則1:AIは「道具」であり、人が「責任」を引き受ける
AIがどれだけ高度になっても、AIは責任を取れません。
最終判断を下すのは人間であり、その結果に責任を持つのも人間です。この原則を曖昧にしてはいけません。
・ 原則2:意思決定を伴う領域では、AIは「裏方」に徹する
採用、評価、昇進——これらの意思決定を伴う領域では、AIは「裏方」に徹するべきです。
情報を整理し、解釈し、根拠と選択肢を提供する。しかし、判断は人が下す。
・ 原則3:説明責任を果たせる構造をつくる
AIを使った判断は、説明可能でなければなりません。
「AIがそう言ったから」では通用しません。なぜその判断に至ったのか、どのような情報に基づいているのか——これを説明できる構造が必要です。
〇2026年、人事の質が分かれる年
清田氏は、2026年を「人事の質が静かに、しかし決定的に分かれる年」と予測しています。
私も同感です。
AIを使いこなす企業と、AIに使われる企業。判断の質を高める企業と、判断を放棄する企業。この差は、時間とともに拡大します。
私たちに求められているのは、AIを「有能な裏方」として使いこなし、判断の質を高めながら、最終的な責任は人が引き受ける——その覚悟です。
短期的には、AIに判断を委ねた方が楽に見えるかもしれません。しかし、長期的には、その選択は組織を脆弱にします。
結果責任を引き受ける覚悟を持つこと。説明責任を果たせる構造をつくること。未来に耐える判断を重ねること。
それが、専門家としての責任であり、2026年を迎える私たちに求められる姿勢だと、私は考えています。
参考記事
SHL「2026年、生成AIは人事の仕事をどこまで改善するか」




