労務経営ブログ
労働時間「減らしたい」が多数派?厚労省調査が示す制度と現場の”すき間”と、企業が今すぐ取るべき対応策
〇働き方改革の「成功」は本当か?
2026年3月、厚生労働省が労働基準法の見直しに向けた調査結果を公表しました。その結果、労働者の約6割が「労働時間は現状のままで良い」、約3割が「減らしたい」と回答。企業側も同様の傾向を示しており、一見すると「働き方改革は順調に進んでいる」ように見えます。
しかし、この数字だけを見て安心するのは早計です。調査データの裏側には、制度と現場の間に横たわる深刻な”すき間”が存在しています。本記事では、社会保険労務士として10年以上にわたり現場を見てきた視点から、この調査結果が示す本質的な課題と、企業が今すぐ取るべき対応策について解説します。
〇 厚労省調査の概要:数字が語ること、語らないこと
。 調査結果の全体像
厚生労働省が実施した調査によると、労働時間について以下のような回答が得られました。
労働者側の回答:
– 「このままで良い」:59.5%
– 「減らしたい」:30%
– 「増やしたい」:10.5%
企業側の回答(327社へのヒアリング):
– 「現状のままがいい」:61.5%
– 「減らしたい」:22.3%
– 「増やしたい」:16.2%
この数字だけを見ると、労働者も企業も「現状維持」または「労働時間短縮」を望んでおり、長時間労働を是正する方向性は支持されているように思えます。
。 数字の裏側に隠れた「格差」
しかし、注目すべきは以下のポイントです。
〇年収200万円未満の層や、週の労働時間が少ない人ほど「増やしたい」という回答が多かった
これは何を意味するのでしょうか。労働時間を「減らしたい」と答える層と「増やしたい」と答える層の間には、明確な経済格差が存在しているということです。つまり、働き方改革が進む一方で、「もっと働いて稼がなければ生活できない」層が取り残されているのです。
また、業種別では建設業や運輸業で「増やしたい」と回答する企業が多かったとのこと。理由は「納期に追われる」などの「業務の性質」のため。これは、現場が構造的に長時間労働を前提としなければ回らない状態にあることを示しています。
〇 「労働時間短縮」は誰のための改革なのか?
・ 企業が「減らしたい」理由は「人材確保・定着」
調査結果で興味深いのは、企業が労働時間を「減らしたい」と回答した理由の最多が「人材確保・定着」だったという点です。
これは何を意味するのか。労働時間短縮は、理念や労働者の健康のためではなく、採用市場での競争戦略として機能しているということです。人手不足が深刻化する中、企業は「労働時間が短い」ことを採用の武器にしようとしているのです。
これ自体は悪いことではありません。しかし、問題は「制度対応」が目的化してしまい、現場の実態が置き去りにされるリスクです。
・ 制度は道具であり、使い方次第で誰かを救い、誰かを置き去りにする
私は長年、障害者雇用の現場で「制度と現場のすき間」を見てきました。障害者雇用促進法も、適切に運用すれば企業の戦力となり、労働者の自立を支援する素晴らしい制度です。しかし、形式的な対応に終始すれば、現場は疲弊し、当事者は「お荷物」として扱われます。
労働時間規制も同じです。規制を強化すれば、労働時間を増やして稼ぎたい層は困窮し、現場が回らない業種は違法な長時間労働に追い込まれる可能性があります。規制緩和すれば、過重労働が野放しになるリスクが高まる。
重要なのは、どちらかに振り切ることではなく、誰が、どんな状態で、何のために働いているのかを正確に把握し、その実態に基づいて制度を設計することです。そして、制度によって不利益を受ける層に対して、是正ルートと回復手段を同時に用意することです。
〇 企業が今すぐ取るべき3つの対応策
1. 自社の労働時間の実態を「層別」に把握する
まずは、自社の労働者を一律に扱うのではなく、以下のような観点で「層別」に実態を把握してください。
– 年収層別(200万円未満、200〜400万円、400万円以上など)
– 雇用形態別(正社員、契約社員、パート・アルバイト)
– 職種別(営業、製造、事務、管理職など)
– 年齢層別(20代、30代、40代以上)
そして、各層ごとに「労働時間をどうしたいか」「残業代の依存度はどの程度か」「健康状態はどうか」を調査してください。全体の平均値だけを見ていては、現場の実態は見えません。
2. 「労働時間短縮」と「収入確保」の両立設計を行う
労働時間を短縮しながらも、収入を確保したい層に対してどう対応するか。これは経営者の腕の見せ所です。
具体的には:
– 時給・基本給の見直し(労働時間を減らしても収入が減らない設計)
– 成果報酬制度の導入(時間ではなく成果で評価)
– 副業・兼業の容認(収入源の多様化を支援)
– スキルアップ支援(より高い時間単価で働けるよう支援)
これらの施策を組み合わせることで、「労働時間短縮=収入減」という図式を崩すことができます。
3. 業務プロセスの抜本的見直しを行う
建設業や運輸業で「労働時間を増やしたい」という回答が多かったのは、業務の構造そのものが長時間労働を前提としているからです。
この問題を解決するには、業務プロセスの抜本的な見直しが不可欠です。
– 納期設定の見直し(取引先との交渉)
– 業務の標準化・マニュアル化(属人化の排除)
– IT・DXの導入(作業効率の向上)
– アウトソーシングの活用(コア業務への集中)
これらは一朝一夕にはできません。しかし、今から着手しなければ、5年後、10年後には現場が持たなくなります。
〇 「未来に耐える」組織づくりとは何か
・ 短期的な同意ではなく、長期的な持続可能性を優先する
私の価値観の根幹にあるのは、「正しさよりも、未来に耐えるかどうか」です。
今回の調査結果を受けて、多くの企業は「労働時間短縮が支持されているから、その方向で進めよう」と考えるでしょう。しかし、それが10年後も持続可能かどうかを考えなければなりません。
労働時間を短縮しても、現場が回らなければ意味がありません。収入が減って生活できない労働者が増えても意味がありません。制度対応だけして、実態が伴わなければ、組織は崩壊します。
・ 嫌われる覚悟を持って、構造を変える
労働時間短縮を進めれば、現場から反発が出るかもしれません。業務プロセスを見直せば、既存のやり方に固執する人から批判されるかもしれません。
しかし、それでも長期的に組織を守るために必要なことであれば、経営者は嫌われる覚悟を持って実行しなければなりません。これは「結果責任倫理」です。
私は人工透析患者として10年働いた経験から、「制度があっても、現場が機能しなければ意味がない」ことを痛感しています。だからこそ、制度と現場の”すき間”を埋めることに、専門家として全力を注いでいるのです。
〇今こそ、制度と現場のすき間を埋める時
厚労省の調査結果は、表面的には「働き方改革は順調」と読めます。しかし、その裏側には、経済格差、業種間格差、制度と現場のすき間が存在しています。
企業経営者や労務担当者の皆さんには、この調査結果を「他人事」で終わらせず、自社の現場を改めて見つめ直す機会にしていただきたいと思います。
– 自社の労働時間の実態を層別に把握する
– 労働時間短縮と収入確保の両立設計を行う
– 業務プロセスの抜本的見直しを行う
これらは簡単なことではありません。しかし、今から着手しなければ、未来に耐える組織をつくることはできません。
制度は道具です。その道具をどう使うかは、経営者と現場の覚悟にかかっています。
記事URL:
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000489461.html
執筆者プロフィール:
若林 忠旨(わかばやし ただむね)
社会保険労務士法人東京中央エルファロ 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー。人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとして経営者の視点を融合し、福祉でなく「経営戦略」としての障害者雇用を提案。制度と現場の”すき間”を埋め、戦力化を実現する仕組みづくりが得意。現場が前向きに受け入れる障害者雇用を実践的に支援中。




