労務経営ブログ
【2026年版】働きがいのある会社ランキングが示す真実:人手不足を解決するのは「感情」ではなく「構造設計」である
〇 人手不足に悩む企業が見落としている本質的な問題
2026年2月、Great Place to Work® Institute Japan(GPTWジャパン)が発表した「働きがいのある会社ランキング」は、人手不足時代の経営に重要な示唆を与えています。
683社が参加し、377社が「働きがい認定企業」として選出されたこの調査。今年のテーマは「賃上げ、効率化だけでは解決しない人手不足~働きがいが切り開く根本対策~」でした。
私は社会保険労務士として、長年にわたり企業の人事労務を支援してきました。その経験から断言できるのは、人手不足の本質は「人数」の問題ではなく、「組織の構造」の問題であるということです。
本記事では、このランキングが示すデータを深く読み解き、人手不足を根本から解決するための「構造設計」の考え方をお伝えします。
〇 人手不足企業と人手不足を感じない企業の決定的な違い
・ 対症療法に走る企業、構造改革に取り組む企業
GPTWジャパンの調査が明らかにした、最も重要なデータがこれです。
【人手不足を実感している企業の対策】
– 採用の拡大
– 業務効率化
【人手不足を実感していない企業の対策】
– 職場の人間関係の改善
– 従業員エンゲージメントの向上
この違いは何を意味するのでしょうか。
人手不足を実感している企業は、問題を「量」として捉えています。だから、採用人数を増やし、業務を効率化して少ない人員で回そうとします。
しかし、この対応は対症療法にすぎません。採用コストが膨らみ、新人教育に時間を取られ、既存社員の負担が増え、さらに離職者が出る。この悪循環から抜け出せないのです。
一方、人手不足を感じない企業は、問題を「質」として捉えています。既存社員のエンゲージメントを高め、離職を防止し、一人ひとりの生産性を向上させる。結果として、人手不足という「症状」が発生しないのです。
・ 「エンゲージメント向上への取り組みが進んでいない」というジレンマ
GPTWジャパン代表の荒川氏は、興味深い指摘をしています。
「人手不足を実感している企業ほど、実際にはエンゲージメント向上への取り組みが進んでいない」
つまり、最もエンゲージメント向上が必要な企業ほど、それに取り組んでいないということです。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。
理由は明確です。多くの経営者が、エンゲージメントを「感情の問題」だと誤解しているからです。
「社員のやる気を引き出す」「モチベーションを上げる」といった曖昧な目標を掲げ、社内イベントや称賛制度といった表面的な施策を打つ。しかし、これらは一時的な効果しか生みません。
エンゲージメントは感情の問題ではありません。組織構造の問題なのです。
〇 制度では差がつかない時代:差を生むのは「経営の質」
・ ベスト100企業と認定企業の制度面に差はなかった
GPTWの統計分析は、多くの経営者にとって衝撃的な事実を明らかにしました。
休暇制度、福利厚生、多様性への配慮といった「制度面」の充実度において、ベスト100企業と認定企業の間に有意な差は見られなかったのです。
つまり、週休3日制を導入しても、リモートワークを認めても、育児休暇を拡充しても、それだけでは「働きがいのある会社」にはなれないということです。
制度の充実は、もはや「働きがい」を構築する上での最低要件(スタートライン)にすぎません。制度だけで他社と差別化することは不可能な時代になったのです。
・ 決定的な差を生んだのは「仕事を楽しむ文化」
では、何が決定的な差を生んだのか。
分析の結果、最も顕著な差として現れたのは「仕事を楽しむ文化」の有無でした。
荒川氏はこう述べています。
「ベスト企業では、適材適所の人材マネジメントと経営の一貫性が保たれており、それが『仕事を楽しむ文化』の土壌となっている。制度の有無ではなく、それらを運用する『経営の質』こそが、働きがいの源泉である」
ここで重要なのは、「文化」は偶然生まれるものではないということです。
文化は、経営者の価値観、日々の意思決定、人材マネジメントの設計、情報の透明性といった要素の積み重ねによって、意図的に作られるものなのです。
〇 大規模部門1位・ディスコに学ぶ「やる気を壊さない」構造設計
・ 「働きがいを上げようとしない」という逆説の本質
今回のランキングで大規模部門1位を獲得した株式会社ディスコ。半導体製造装置メーカーである同社の関家社長の言葉は、エンゲージメントの本質を突いています。
〇「弊社の基本方針は『働きがいを上げようとしない』ことです。モチベーションの高い人を採用し、そのやる気を『壊さない』ことに注力しています」
この言葉は一見、逆説的に聞こえます。しかし、これこそが最も合理的で、最も持続可能なアプローチなのです。
なぜか。
エンゲージメントを「上げよう」とする企業は、感情に訴えかけます。しかし感情は変動するため、効果は一時的です。イベントが終われば、元に戻ります。
一方、エンゲージメントを「壊さない」構造を作る企業は違います。構造は持続します。感情に左右されず、安定的にエンゲージメントを維持できるのです。
・ ディスコの具体的な構造設計:3つのポイント
ディスコが実践している「やる気を壊さない」構造設計を、3つのポイントで整理します。
1. 業務命令の排除と自発的受注システム
ディスコでは、業務命令を排除し、社員が自らの意思で仕事を受注する仕組みを整えています。
これにより、「やらされ感」を構造的に排除しています。人の善意や主体性を「期待する」のではなく、主体性を「担保する」仕組みを作っているのです。
2. 不公平感の徹底的な排除
関家社長は「不公平感は働きがいを著しく損なう」と明言しています。
工場勤務の社員とオフィス勤務の社員の間で不公平感が出ないよう、繁忙期には全部門が現場支援に入ります。これは「制度」ではなく「運用」の問題です。
不公平感は「心の問題」ではありません。**構造の問題**です。だから、構造で解決できるのです。
3. 万人受けを狙わない誠実な情報開示
ディスコは「ハードに働いて成長したい」という特定の層に向けて、自社の実態を誠実に伝えています。
これにより、ミスマッチを採用段階で排除しています。入社後のギャップによる早期離職を防ぐ、極めて合理的な設計です。
多くの企業は採用時に「うちは働きやすい会社です」とアピールします。しかし、それが実態と乖離していれば、入社後に幻滅し、離職につながります。
万人に好かれようとせず、自社の価値観に合う人材だけを採用する。これは「嫌われる覚悟」を持つということです。短期的には採用が難しくなるかもしれませんが、長期的には組織の持続可能性が高まります。
〇 中規模・小規模企業に学ぶエンゲージメント構造設計
【中規模部門1位】ナハト:人事を「経営機能」として位置づける
SNSマーケティングを展開する株式会社ナハトの安達社長は、人事を「バックオフィスではなく、現場のメンバーを輝かせる『プロデュース機能』」と位置づけています。
注目すべきは、50名の組織に対し5名の人事担当を配置している点です。これは人事比率10%という、極めて高い水準です。
多くの企業では、人事は採用と労務管理だけを担当します。しかしナハトでは、人事が組織設計、文化醸成、エンゲージメント管理まで担っています。
これは「人事は経営の最重要機能である」という覚悟の表れです。
また、組織が大きくなっても主体性を損なわないよう、30名以上の部署を作らない「ユニット制」を徹底しています。これも、感情ではなく構造で解決する設計です。
【小規模部門1位】イベント21:社会貢献を通じた視座の向上
イベント21の中野社長は、「働きがい」を自己の成長から地域社会、未来の世代への貢献へと高めていく「4.5フェーズ」として定義しています。
〇「人としての視座が高まらなければ、本質的な働きがいには到達できません。弊社では『地域貢献』を教育の最大化ポイントと捉えています」
一見、業務と直接関係のない社会貢献活動が、社員の主体性を育み、結果として離職率5.3%、過去最高益という数字に結びついています。
これは「働きがい」を抽象的な概念ではなく、明確な経営戦略の柱として位置づけた結果です。
〇 私が実践する「構造設計」の思想:障害者雇用の現場から
・ 精神論ではなく、仕組みで解決する
私は障害者雇用の現場で、常に「構造設計」の思想を実践しています。
「障害者を温かく迎えましょう」「心のバリアフリーを」といった精神論では、現場は動きません。むしろ、現場に負担感や不安感を与え、結果として形式的な雇用に終わります。
私がやるのは、以下のような構造設計です。
1. 業務の切り出しと再設計
障害者が無理なくできる業務を切り出し、それが組織全体の生産性向上につながるよう再設計します。
2. 評価制度の明確化
障害の有無に関わらず、公平な評価基準を設定します。「配慮」と「評価」を混同しません。
3. コミュニケーション設計
障害特性に応じた情報伝達方法を設計します。「察してください」ではなく、仕組みで解決します。
4. 採用段階でのミスマッチ排除
自社の業務実態を誠実に伝え、双方にとって持続可能な雇用になるか判断します。
これらは全て、人の善意を前提としない設計です。
現場の社員が特別な配慮をしなくても、自然と障害者が戦力として機能する構造を作る。これが「経営戦略としての障害者雇用」の本質であり、エンゲージメント設計と全く同じ思想なのです。
〇 企業規模別:今すぐ取り組むべきエンゲージメント構造設計
・ 大規模企業(1000名以上):部門を越えたビジョンの浸透
大企業の課題は、組織が大きくなるほど、経営のビジョンが現場に届きにくくなることです。
今すぐ取り組むべきこと:
– 部門を越えた横断プロジェクトの定期的な実施
– 経営陣と現場の直接対話の機会創出(タウンホールミーティング等)
– 全社共通の評価軸と価値観の明文化
– 部門間の不公平感を排除する人事制度の設計
・ 中規模企業(100〜999名):従業員を経営のパートナーに
中規模企業は、トップダウンとボトムアップのバランスが重要です。
今すぐ取り組むべきこと:
– 意思決定プロセスへの従業員参画の仕組み化
– 経営情報の透明性確保(四半期ごとの全社説明会等)
– 30名以上の部署を作らないユニット制の導入検討
– 人事機能の強化(人事比率5〜10%を目安に)
・ 小規模企業(25〜99名):経営者の誠実さと適材適所
小規模企業では、経営者の影響力が極めて大きくなります。
今すぐ取り組むべきこと:
– 経営者による誠実な情報提供と約束の履行
– 一人ひとりの適性を見極めた配置の徹底
– 社会貢献活動を通じた社員の視座向上
– 少数精鋭だからこそ可能な、柔軟な制度設計
〇 エンゲージメント構造設計の5つの原則
ここまでの内容を、5つの原則として整理します。
・ 原則1:人の善意や感情を前提としない
エンゲージメントを「感情」の問題として捉えず、「構造」の問題として捉える。「やる気を引き出す」のではなく、「やる気が壊れない仕組み」を作る。
・ 原則2:不公平感を構造的に排除する
評価の不透明性、情報の非対称性、待遇の格差を放置しない。これらは構造の問題であり、構造で解決できる。
・ 原則3:ミスマッチを採用段階で排除する
万人受けを狙わず、自社の実態を誠実に伝える。価値観の合う人材だけを採用することで、入社後のエンゲージメントは自然と高くなる。
・ 原則4:経営の一貫性を保つ
言っていることと、実際の意思決定を一致させる。短期的な業績変動に左右されず、長期的な価値観を貫く。
・ 原則5:人事を経営機能として位置づける
人事をバックオフィスではなく、経営の最重要機能として位置づける。組織設計、文化醸成、エンゲージメント管理まで担う。
〇 結論:未来に耐える組織は「やる気を壊さない構造」を持っている
今回のランキングが示した最も重要なメッセージは、「制度では差がつかない」ということです。
週休3日制を導入しても、リモートワークを認めても、福利厚生を充実させても、それだけでは「働きがいのある会社」にはなれません。
差を生むのは「経営の質」です。そして経営の質とは、人の善意や感情を前提とせず、構造と仕組みでエンゲージメントを担保する設計力のことです。
ディスコの関家社長が言う「働きがいを上げようとしない。やる気を壊さない」というアプローチこそが、最も合理的で、最も持続可能な方法なのです。
人手不足という構造的課題に対して、採用や効率化という対症療法では限界があります。
必要なのは、既存社員のやる気を「壊さない」構造を設計すること。
不公平感を排除すること。
ミスマッチを採用段階で排除すること。
経営の一貫性を保つこと。
これらは簡単ではありません。短期的には、既存のやり方を変えることに抵抗が出るでしょう。
しかし、それでも長期的に組織を守るために必要なことであれば、経営者は嫌われる覚悟を持って実行しなければなりません。
私が長年、現場で実践してきた「制度と現場のすき間を埋める」仕事も、まさにこの思想に基づいています。
エンゲージメントは「感情」ではなく「構造」の問題です。そして構造は、経営者の覚悟と設計力によって作られます。
5年後、10年後も持続可能な組織を作るために、今こそ本質的なエンゲージメント設計に着手すべき時です。
記事URL:
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執筆者プロフィール:
若林 忠旨(わかばやし ただむね)
社会保険労務士法人東京中央エルファロ 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー。人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとして経営者の視点を融合し、福祉でなく「経営戦略」としての障害者雇用を提案。制度と現場の”すき間”を埋め、戦力化を実現する仕組みづくりが得意。現場が前向きに受け入れる障害者雇用を実践的に支援中。




