労務経営ブログ
交代制リーダーシップの落とし穴——オルフェウス・プロセスが見落とす「是正可能性」という視点
〇理想論と現実のギャップ
logmi Bizで紹介された「オルフェウス・プロセス」による交代制リーダーシップ——「社長依存から脱却し、既存人材を最大活用する」という提案は、一見魅力的に映ります。
しかし、社会保険労務士として10年以上、人事評価制度設計や組織マネジメントに携わってきた立場から言えば、この提案には致命的な前提条件の欠落があります。
制度は道具です。どんなに優れた仕組みも、使う人材の質が伴わなければ機能しません。
この記事では、交代制リーダーシップの理想と現実、そして本当に必要な「土台づくり」について解説します。
〇 オルフェウス・プロセスとは何か?
・ 記事の要点
logmi Bizの記事では、株式会社O:の三島拓人氏が以下のように提案しています:
– 社長依存からの脱却: 組織の成長が経営者の能力に依存しすぎている状態を解消する
– 既存人材の最大活用: 新たに優秀な人材を採用するのではなく、既存社員のポテンシャルを引き出す
– 交代制リーダーシップ: 特定のリーダーに固定せず、全員が小さなリーダー体験を積み重ねる
– 組織全体の学習: 上層部だけでなく、組織全体で考え、知識を蓄積していく
一見、理にかなった提案です。しかし、**この提案には重大な見落としがあります。**
〇 記事が見落とす致命的な前提条件
・ 「全員をバッターボックスに立たせる」は正しいのか?
記事では「上の人は下の人を評価していないので、バッターボックスに立たせない」と指摘し、「ひたすらバッターボックスに立たせる」ことを推奨しています。
しかし、本当に重要なのは「打てる可能性がある人」を見極めることです。
私が一貫して重視してきた「是正可能性」という視点から言えば、リーダーシップを発揮できる人材には最大限の機会を与えるべきです。
しかし、組織適格性に欠ける人材——協調性がない、指導を拒絶する、周囲への配慮を欠く——を「公平性」の名のもとにリーダーに据えることは、**組織を壊します。**
・ 是正可能性という判断軸
是正可能性とは、指導や教育によって改善する見込みがあるかどうか、という視点です。
是正可能性がある人材:
– 能力不足だが学習意欲がある
– 経験不足だが指導を素直に受け入れる
– 失敗したが反省し次に活かそうとする
このような人材には、時間を与え、機会を与え、サポートすべきです。「小さなリーダー体験」は、この層に対して効果を発揮します。
是正可能性がゼロの人材:
– 入社初日から協調性がない
– 指導を拒絶し、攻撃的態度を繰り返す
– 他者への配慮がなく、トラブルを繰り返す
このような人材を、「全員にリーダー体験を」という理想論でバッターボックスに立たせることは、**他の従業員を苦しめ、組織全体を疲弊させます。**
〇「リーダーになりたくない社員」への対応の表面性
・ 記事の提案:「小さなリーダー体験」「褒め倒す」
記事では「リーダーになりたくない社員が多い」という障壁に対し、以下の対応を提案しています:
– 小さなリーダー体験を作る
– 朝礼の司会から始める
– とにかく褒め倒す
– リーダーは調整役だと認識させる
これらは、一定の効果があるかもしれません。しかし、リーダーシップの本質を「役割」ではなく「能力」として捉えていません。
・ リーダーシップは能力である
リーダーシップは、単なる「役割」ではありません。以下の能力の総体です:
– 判断力: 複数の選択肢から最善を選ぶ
– 責任感: 結果に対して責任を引き受ける
– コミュニケーション能力: 相手の立場を理解し、適切に伝える
– 周囲への配慮: チーム全体を見渡し、バランスを取る
– 指導への姿勢: 他者からのフィードバックを素直に受け入れる
「朝礼の司会」や「褒め倒す」ことで、これらの能力が突然身につくわけではありません。
能力の土台がない人材に「役割」だけを与えても、混乱と疲弊を生むだけです。
〇 制度より先に作るべき土台
・ 交代制リーダーシップが機能する前提条件
交代制リーダーシップが機能するのは、全員に一定水準以上の組織適格性がある場合のみです。
組織適格性とは:
– 協調性: 他者と協力して業務に当たる姿勢
– 指導への姿勢: フィードバックを素直に受け入れる態度
– 周囲への配慮: 他者の立場や感情を理解する能力
– 責任感: 自分の行動の結果に責任を持つ意識
この前提がない状態で制度だけ導入しても、以下の問題が発生します:
1. 他の従業員の負担増
組織適格性に欠ける人材がリーダーになると、フォローする側の負担が増大し、生産性が低下します。
2. 職場環境の悪化
協調性がない、配慮を欠いた言動をする人材がリーダーになると、他の従業員のモチベーションが低下し、離職につながります。
3. 組織全体の疲弊
「公平性」の名のもとに問題人材にも機会を与えることで、組織全体が疲弊し、未来耐久性が損なわれます。
・ まず整備すべき4つの土台
1. 透明な評価制度の確立
役割定義、評価基準、査定手順を明文化し、全従業員に公開します。「誰が、どう頑張れば報われるのか」が見える状態を作ります。
2. 明確な役割定義と期待値の設定
各ポジションに求められる能力、責任範囲、意思決定権限を明文化します。曖昧な期待ではなく、明確な基準を設定します。
3. 是正可能性の見極め
指導で改善する見込みがあるか、ないかを客観的に判断する基準を設けます。入社初期の行動パターン、指導への反応、トラブルの頻度と質を記録し、評価します。
4. 組織適格性の基準の明文化
就業規則や評価制度に、「組織適格性」を明示的に組み込みます。協調性、周囲への配慮、指導への姿勢を評価項目として数値化します。
これらの土台があって初めて、権限委譲や交代制リーダーシップが活きてきます。
〇 「シャドー意思決定」の有効性と限界
・ 記事で紹介されたテクニック
記事では「シャドー意思決定」という手法が紹介されています。これは、疑似的に意思決定をさせることで、意思決定の練習をさせるというものです。
例:「もしあなたが向こうの会社の課長だったら、この案件は何が決め手になる?」
これは、一定の効果がある手法です。しかし、これも能力の土台がある人材に対してのみ機能します。
・ シャドー意思決定が機能しないケース
以下のような人材に対しては、シャドー意思決定は効果を発揮しません:
– 周囲への配慮を欠く人材: 自分の意見だけを押し通し、他者の立場を理解しない
– 指導を拒絶する人材: フィードバックを攻撃と受け取り、改善しようとしない
– 感情的に反応する人材: 冷静な判断ができず、感情論に走る
これらの人材に疑似意思決定の機会を与えても、**組織にとって有害な判断を繰り返すだけ**です。
〇 権限委譲の前に評価制度を整える
・ 記事の提案:「部分的な権限委譲」
記事では「社長が権限を手放せない」という障壁に対し、「部分的な権限委譲を徐々に進める」ことを提案しています。
– 業務改善のリーダーを決める
– 社内イベントの運営を任せる
– 飲み会の幹事を交代制にする
これらは、確かに一定の効果があります。しかし、**権限委譲の前に、評価制度が整っていなければ意味がありません。**
・ 権限委譲が機能する前提条件
権限委譲が機能するには、以下の前提条件が必要です:
1. 明確な評価基準
権限を委譲した業務の成果をどう評価するか。基準が明確でなければ、社員は何を目指せば良いかわかりません。
2. 失敗への対処方針
権限を委譲した結果、失敗した場合の対処方針が明確であること。失敗を許容する文化と、学習機会に変える仕組みが必要です。
3. フィードバックの仕組み
権限を委譲した業務に対し、定期的にフィードバックを行う仕組み。成果だけでなく、プロセスも評価します。
4. 是正ルートの設定
権限委譲した人材が適任でなかった場合、どう是正するか。交代のルール、基準、手続きを明文化します。
これらの仕組みがない状態で「飲み会の幹事を交代制に」しても、**表面的な活動に終わります。**
〇 組織全体の学習能力を高める構造設計
・ 記事の指摘:「学習効率が少ない」
記事では「経営陣が意思決定をして、下には『これ、決まったからやっといて』という状態だと、組織全体の思考力が育たない」と指摘しています。
この指摘は正しい。しかし、解決策が「交代制リーダーシップ」だけでは不十分です。
・ 組織全体の学習を促進する構造
組織全体の学習能力を高めるには、以下の構造が必要です:
1. 意思決定プロセスの可視化
なぜその判断に至ったのか、どのような選択肢があったのか、プロセスを全社に共有します。
2. 失敗の共有文化
失敗を隠すのではなく、学習機会として共有する文化を作ります。ただし、同じ失敗を繰り返す人材には、是正措置が必要です。
3. クロスファンクショナルな情報共有
部署を超えて情報を共有し、組織全体で知識を蓄積します。ただし、情報共有が目的化しないよう、成果との連動を明確にします。
4. 評価制度への組み込み
学習姿勢、知識の共有、組織への貢献を評価項目に明示的に組み込みます。「学習すれば報われる」仕組みを作ります。
5. リーダーの定期的な交代
同じ人がリーダーに5年〜10年も居座ると、新しい視座が生まれません。ただし、交代の基準は「公平性」ではなく「組織適格性」と「成果」です。
これらの構造があって初めて、組織全体の学習能力が高まります。
〇 日本企業の未来を変えるのは制度ではなく土台
・ 記事の結論:「オルフェウス・プロセスは日本企業の処方箋」
記事は「オルフェウス・プロセスは、日本企業、特に中小企業が抱える課題の処方箋になり得る」と結論づけています。
しかし、私の見解は異なります。
日本企業の未来を変えるのは、制度ではなく土台です。
・ 本当に必要なのは未来耐久性のある制度設計
私が一貫して主張してきた「未来耐久性」という視点から言えば、重要なのは以下です:
1. 制度の前に土台を作る
透明な評価制度、明確な役割定義、是正可能性の見極め——これらの土台がなければ、どんな制度も機能しません。
2. 是正可能性のある人材には最大限の支援を
能力不足だが学習意欲がある人材、指導を素直に受け入れる人材——このような人材には、時間と機会と投資を惜しまない。
3. 是正可能性がゼロの人材は即断で対処
組織適格性に欠ける人材を「公平性」で放置することは、組織全体を疲弊させます。嫌われ役を引き受けるのも、専門家の機能です。
4. 感情ではなく構造で組織を守る
人の善意や感情を前提にした制度は、必ず破綻します。制度は道具であり、構造と設計で安全を担保するものです。
5. 3年後、5年後も機能する仕組みを作る
今の満足度ではなく、未来も壊れない仕組みを設計する。これが人事の責任です。
〇土台なき権限委譲は組織を壊す
オルフェウス・プロセスによる交代制リーダーシップは、理想論として興味深いものです。
しかし、**土台なき権限委譲は、組織の未来耐久性を損ないます。**
本当に必要なのは:
– 透明な評価制度の確立
– 是正可能性の見極め
– 組織適格性の基準の明文化
– メリハリのある人材戦略
この土台の上に、初めて権限委譲や交代制リーダーシップが活きてきます。
制度は道具です。使う人材の質が伴わなければ、どんな優れた仕組みも機能しません。
人事の責任は、感情的な「公平性」に流されることではなく、組織全体の未来を構造で守ることです。
参考記事:
日本の中小企業が抱える「社長依存」を解消する、オルフェウス型組織とは
https://logmi.jp/main/management/333263
執筆者プロフィール
若林 忠旨
社会保険労務士法人東京中央エルファロ – 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー
人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとしての経営者視点を融合し、「経営戦略」としての人事制度設計を提案。制度と現場の”すき間”を埋め、戦力化を実現する仕組みづくりが得意。




