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取引先との会食は労働時間か?曖昧な運用が招く未払いリスクと、企業が今すぐ取るべき対策
〇 Yahoo!ニュースで話題「会食は勤務時間に入るのか?」問題の本質
「取引先との会食は勤務時間に入りますか?」「知人の会社では会食も勤務時間扱いだそうです。自分はサービス残業しているのでしょうか?」
この質問がYahoo!ニュースで取り上げられ、多くの反響を呼んでいます。人事労務の現場では非常によく受ける質問ですが、実は答えはシンプルではありません。
私は社会保険労務士として、また外部CHROとして、数多くの企業の労務管理に関わってきました。その経験から断言できるのは、「会食の労働時間性」について曖昧な運用をしている企業は、将来必ず大きなリスクに直面するということです。
この記事では、会食が労働時間に該当するかの法的判断基準、企業が抱えるリスク、そして未来に耐える制度設計について、実務的な視点から解説します。
〇 労働基準法上の判断基準:会食が労働時間になるとき、ならないとき
・ 労働時間の定義と「使用者の指揮命令下」
労働基準法において、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義されています。
では、取引先との会食は「使用者の指揮命令下」に該当するのでしょうか。
判断のポイントは以下の4つです。
1. 会社が参加を強制しているか
上司から「この会食には必ず参加しろ」と明確に指示されている場合、これは業務命令です。任意参加ではなく、強制参加である以上、労働時間に該当する可能性が高くなります。
2. 業務の打ち合わせや契約が主な目的か
会食の場で具体的な業務の打ち合わせや契約交渉が行われる場合、これは明らかに業務です。「食事をしながら商談する」という形式であっても、実態が業務であれば労働時間です。
3. 不参加による不利益があるか
「参加しないと人事評価に影響する」「参加しないと上司や同僚から冷たい目で見られる」など、不参加によって何らかの不利益が生じる環境であれば、実質的に強制されていると判断されます。
4. 参加を拒否できる環境か
完全に自由意志で参加を決められ、拒否しても何の問題もない環境であれば、労働時間ではないと判断される可能性が高くなります。
・ 重要なのは「名目」ではなく「実態」
ここで重要なのは、会食の「名目」ではなく「実態」で判断されるということです。
会社側が「これは親睦を深めるための任意の会食です」と説明しても、実態として以下のような状況であれば、労働時間と判断されるリスクが高まります。
– 上司が「参加するのが当然」という雰囲気を作っている
– 参加しなかった社員が後日、上司から理由を詰められる
– 会食の場で業務上の指示や報告が行われている
– 会食への参加回数が人事評価の参考にされている
つまり、企業側がいくら「任意です」と言い張っても、労働者側が「実質的に強制されている」と感じ、それを証明できれば、労働時間として認められる可能性があるのです。
〇 企業が抱える「会食の労働時間性」に関する3つの重大リスク
・ リスク1:退職時の未払い残業代請求
私が実際に関与したケースで、退職時に3年分の会食時間を労働時間として請求され、総額で約400万円の支払いを余儀なくされた企業がありました。
この企業では、月に5〜6回、1回あたり2〜3時間の会食が慣例化していました。会社側は「任意参加の親睦会」と位置付けていましたが、労働者側は以下の証拠を提示しました。
– 上司からの「参加するように」というメール
– 会食の場で業務指示が行われていた記録
– 不参加者が後日理由を問われた事例
結果として、労働基準監督署は大部分の会食を労働時間と認定し、企業は多額の未払い残業代を支払うことになりました。
・ リスク2:労働基準監督署の是正勧告
会食の労働時間性について労働者から申告があった場合、労働基準監督署が調査に入る可能性があります。
是正勧告を受けると、過去に遡って未払い残業代を支払わなければならないだけでなく、企業イメージの毀損、採用活動への悪影響など、金銭以外のダメージも大きくなります。
・ リスク3:労働者のエンゲージメント低下
「会食に参加しているのに残業代が出ない」という不満は、労働者のエンゲージメントを大きく低下させます。
特に若い世代ほど、労働時間と報酬の対価関係を重視する傾向があります。「理不尽な時間拘束」と感じた社員は、静かに転職活動を始めます。
優秀な人材から離れていく、これが最も深刻なリスクです。
〇 多くの企業が陥る「曖昧な運用」という罠
・ なぜ企業は会食の扱いを明確にしないのか
私が見てきた多くの企業では、会食について明確なルールが存在しません。その理由は以下の3つです。
1. 「今まで問題なかったから」という思考停止
過去に問題が表面化していないことを理由に、制度整備を先送りにしています。しかし、問題が「ない」のではなく、「まだ表面化していない」だけです。
2. 「他社もやってないから」という横並び意識
競合他社が明確なルールを作っていないことを理由に、自社も作らなくていいと考えています。しかし、横並びで全員が沈没する可能性もあります。
3. 「明確にすると業務が回らなくなる」という恐れ
会食を労働時間として扱うと残業代が増える、あるいは会食を禁止すると取引先との関係が悪化するという懸念から、曖昧なまま放置しています。
・ 曖昧な運用は未来に耐えない
しかし、この曖昧な運用は未来に耐えません。
なぜなら、労働者の権利意識は年々高まっており、特に若い世代ほど「理不尽な時間拘束」に対して声を上げるようになっているからです。
また、SNSの普及により、企業の労務管理の実態が簡単に拡散される時代です。「あの会社は会食を強制するのに残業代を払わない」という評判が広まれば、採用活動に致命的なダメージを与えます。
〇 未来に耐える制度設計:企業が今すぐ取るべき3つの対策
・ 対策1:会食の労働時間性について明確なルールを定める
まず、就業規則や労務管理規程において、会食の扱いを明確に定めることが必要です。
具体的には、以下の2つのパターンのいずれかを選択し、明文化します。
パターンA:会食を原則として労働時間扱いにしない場合**
以下の条件をすべて満たす必要があります。
– 会食は完全に任意参加であり、強制ではないこと
– 不参加による人事評価上の不利益が一切ないこと
– 会食の場で業務上の指示や報告を行わないこと
– 上記を就業規則に明記し、全社員に周知すること
パターンB:会食を労働時間扱いにする場合**
– 会食を業務の一環として位置付けること
– 時間外に行われる会食については残業代を支払うこと
– 会食の頻度や時間を合理的に管理すること
私の推奨は、パターンBです。
なぜなら、パターンAの条件をすべて満たすことは、実務上非常に困難だからです。特に「会食の場で業務上の指示や報告を行わない」という条件は、取引先との会食では現実的ではありません。
対策2:会食の記録を適切に管理する
会食を労働時間として扱う場合でも、扱わない場合でも、記録の管理は重要です。
具体的には、以下の情報を記録します。
– 会食の日時、場所
– 参加者(社内・社外)
– 会食の目的
– 会食時間
– 労働時間として扱うか否かの判断
この記録は、将来的に労働時間性が争われた際の重要な証拠となります。
対策3:定期的に実態を監査し、是正する
制度を作って終わりではありません。定期的に実態を監査し、制度と運用に乖離がないかを確認することが重要です。
具体的には、以下の取り組みが有効です。
年1回の労務監査
人事部門が各部署の会食の実態を調査し、不適切な運用がないかを確認します。
社員アンケートの実施
匿名で社員に「会食への参加は任意だと感じるか」「不参加による不利益を感じたことはないか」などを尋ね、実態を把握します。
管理職研修の実施
管理職に対して、会食の労働時間性についての法的判断基準を教育し、不適切な運用を防ぎます。
〇 会食問題の本質は「未来耐久性」の欠如
会食が労働時間に該当するか否かという問題は、単なる法律解釈の問題ではありません。
この問題の本質は、「未来に耐える制度設計ができているか」という組織運営の根本的な課題です。
私が人事制度設計において最上位の判断基準としているのは、「未来に耐えるかどうか」です。今この瞬間の便利さや、一時的なコスト削減ではなく、5年後、10年後も機能し続ける構造になっているか。
会食の扱いを曖昧にしたまま放置することは、短期的には楽かもしれません。しかし、将来必ず大きな代償を払います。
〇 制度は道具:正しく使えば組織を守り、誤れば組織を壊す
制度は道具です。正しく使えば組織を守り、誤った使い方をすれば組織を壊します。
会食の労働時間性についても、明確なルールを定め、適切に運用すれば、労使双方にとって納得感のある制度になります。
逆に、曖昧なまま放置すれば、労働者の不満が蓄積し、ある日突然大きな紛争に発展します。
〇 会食問題は「今」対処すべき経営課題
取引先との会食が労働時間に該当するかという問題は、多くの企業が直面している現実的な経営課題です。
この問題を放置することは、以下のリスクを抱えることを意味します。
– 退職時の未払い残業代請求
– 労働基準監督署の是正勧告
– 労働者のエンゲージメント低下
– 企業イメージの毀損
未来に耐える組織を作るためには、会食の扱いについて明確なルールを定め、適切に運用することが不可欠です。
「今まで問題なかったから」「他社もやってないから」という理由で先送りにせず、今すぐ対処すべき課題として取り組んでください。
人事労務制度でお悩みの経営者の方、人事担当者の方がいらっしゃいましたら、ぜひ一度ご相談ください。現場の実態を踏まえた、持続可能な制度設計をご一緒に考えます。
参考記事
https://news.yahoo.co.jp/articles/0614937a3d9cdf326d0284ac22f0400161a3f772
執筆者プロフィール
若林 忠旨
社会保険労務士法人東京中央エルファロ – 社会保険労務士、障害者雇用戦略アドバイザー
人工透析患者として10年勤務した経験と、外部CHROとしての経営者視点を融合し、「未来に耐える組織設計」を提案。制度と現場の”すき間”を埋める実践的支援を行う。




