労務経営ブログ

ミドルシニアの希望退職を「前向き」と捉える人が約半数──本当の問題は「回復ルートの不在」にある

〇希望退職調査が示す「二極化」の意味

2026年3月、マイナビが発表した「ミドルシニアの希望退職に関する意識調査」は、人事戦略を考える上で見逃せない数字を示しました。

2025年に転職した40・50代正社員のうち、約半数(48.2%)が希望退職を「自分にとってメリットが多い」と前向きに捉えている一方で、「再就職先が見つからないリスク」を理由に否定的に捉える層も依然として多く存在します。

この調査結果は、単に「前向きな人が増えた」という希望的な話ではありません。むしろ、希望退職という制度が、キャリアを自律的に構築できる層とそうでない層を明確に分断する構造になっていることを浮き彫りにしています。

私は社会保険労務士として、外部CHROとして、そして人工透析患者として10年間勤務した当事者経験から、こう考えます。

問題の本質は「制度の是非」ではなく、「回復可能性まで設計されているか」です。

本記事では、この調査結果を起点に、企業が希望退職を実施する際に本当に問われるべき視点について、実務と経営戦略の両面から考察します。

〇 調査結果の概要:大企業ほど実施率が高く、前向き層と不安層が二極化

・ 早期・希望退職の実施状況

マイナビの調査によれば、2025年に「退職勧奨を伴う早期・希望退職制度」を実施した企業は15.5%でした。企業規模別では、301名以上の企業で18.9%と最も高く、企業規模が大きいほど実施率が高い傾向が見られます。

これは、大企業ほど人員構成の最適化や事業再編の必要性が高く、制度を活用しやすい環境にあることを示しています。

・ 希望退職に対する意識の二極化

希望退職を「メリットが多い」と捉える理由のトップは「自分に合う職場なのか、検討するチャンスになる」(49.3%)、次いで「転職がしやすくなる」(38.5%)でした。

一方、「メリットが多いとは思わない」と回答した理由では、「再就職先が見つからないリスクがある」(41.3%)が最多となりました。

・ キャリアの方向性と転職満足度の関係

注目すべきは、希望退職を前向きに捉えている層ほど「キャリアの方向性が明確」(58.2%)で、「今回の転職で理想のキャリアに近づけた」(51.8%)と感じている割合が高い点です。

逆に、前向きに捉えていない層では、それぞれ38.8%、25.1%にとどまっており、最大で26.7ポイントの差がついています。

〇 希望退職の本質:制度の是非ではなく「回復構造の有無」が問われている

・ 希望退職は経営戦略として正当である

まず前提として、私は希望退職という制度そのものを否定しません。

企業が人員構成を最適化し、事業を再編し、持続可能な経営体制を構築することは、経営者としての正当な判断です。違法でもなければ、非人道的でもありません。

問題は、「その制度がどう設計され、その後の回復可能性がどう担保されているか」です。

・ 「前向きに捉えられる構造」が既にあったかが重要

調査結果で示されたように、希望退職を前向きに捉えられる人は、キャリアの方向性が明確で、転職満足度も高い傾向にあります。

しかし、これを逆から見れば、**「キャリアの方向性を描けない状態で送り出された人は、不安と停滞に陥りやすい」**ということです。

つまり、希望退職が「キャリア見直しの機会」として機能するかどうかは、個人の資質や努力だけに依存するのではなく、企業がどれだけ「前向きに捉えられる構造」を用意していたかに大きく左右されるのです。

・ 優遇金を渡して終わりでは、未来に耐えない

多くの企業は、希望退職の際に退職金の割増や再就職支援サービスの提供を行います。しかし、それが形式的なものであれば、本質的な支援にはなりません。

私が強調したいのは、「制度を使うなら、回復可能性まで設計する覚悟を持て」ということです。

優遇金を出せば終わりではありません。それは企業の責任放棄であり、未来に対する無責任です。

〇 企業が本当にやるべきこと:回復ルートを構造として設計する

・ キャリア形成支援を「制度」として組み込む

希望退職を実施するなら、対象者が自律的にキャリアを選択できる環境を、制度として整備する必要があります。

具体的には以下のような施策が考えられます。

– キャリアカウンセリングの提供:外部の専門家による定期的な面談を実施し、自己分析とキャリアの方向性を明確にする支援を行う
– スキル棚卸しとリスキリング支援:現在のスキルを可視化し、転職市場で求められるスキルとのギャップを埋めるための研修プログラムを提供する
– 再就職先の開拓とマッチング支援:企業自らが再就職先候補とのネットワークを構築し、実質的な紹介機能を持つ

これらは「やったほうがいい」のではなく、「やらなければ未来に耐えない」という前提で動くべきものです。

・ 社外ネットワークと情報提供の充実

ミドルシニア層の転職において最も大きな障壁のひとつが、「情報の非対称性」です。

企業側は、希望退職対象者に対して以下のような情報を積極的に提供すべきです。

– 業界動向と求人市場の情報:どの業界・職種で需要があるのか、年齢層別の採用傾向はどうかなど、客観的なデータを提示する
– 転職成功事例の共有:同じ年代で転職に成功した事例を匿名化した上で共有し、具体的なイメージを持てるようにする
– 社外コミュニティへのアクセス:業界団体や専門職ネットワーク、OB・OG会など、社外での人脈形成を支援する

・ 人の善意や前向きさを前提にしない制度設計

私がこれまで外部CHROとして数多くの企業の人事戦略に関わってきた中で、最も危険だと感じるのが「人の善意や前向きさを前提にした制度設計」です。

希望退職を前向きに捉えられるかどうかは、個人の資質や努力に依存するものではありません。それを前提にすれば、必ず制度は歪みます。

そうではなく、構造で支え、制度で担保し、回復までの道筋を描く。それが、経営者としての覚悟であり、人事戦略としての責任です。

〇 障害者雇用の視点から見る「回復構造」の重要性

私は障害者雇用戦略アドバイザーとして、「福祉ではなく経営戦略としての障害者雇用」を提案してきました。

その根底にあるのは、「人の善意や頑張りを前提にせず、構造と制度設計で安全と回復を担保する」という考え方です。

希望退職においても、この視点は同じです。

障害者雇用では、配置後のフォロー体制、業務の切り出し方、評価制度の設計など、「構造として機能する仕組み」を作らなければ、現場は崩壊します。

希望退職も同様です。送り出した後の回復ルートを構造として設計しなければ、個人は不安と停滞に陥り、企業も社会的信頼を失います。

〇覚悟を持って、未来に耐える制度を作る

希望退職という制度そのものは、経営戦略として正当です。しかし、優遇金を渡して終わりでは、未来に耐えません。

企業がやるべきは、回復可能性まで設計する覚悟を持つことです。

キャリア形成支援、再就職先の開拓、社外ネットワークの構築など、具体的な回復ルートを制度として用意し、対象者が自律的にキャリアを選択できる環境を整える。

それが、長期的に信頼される企業の姿であり、経営者としての責任です。

人の前向きさや善意を前提にした制度は、必ず歪みます。構造で支え、制度で担保し、回復までの道筋を描く。

それが、私が実務と経営の現場で学んできた、未来に耐える組織の作り方です。

参考記事
https://www.hrpro.co.jp/trend_news.php?news_no=3730

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