労務経営ブログ
なぜ日本企業のエンゲージメントは世界最下位なのか?「自己決定できない構造」が生む深刻な問題
〇 はじめに:従業員を大切にしているのにエンゲージメントが低い矛盾
日本企業の従業員エンゲージメントが世界最下位であることをご存知でしょうか?
米国ギャラップ社の調査によると、日本で「エンゲージしている社員」はわずか6%。世界平均の23%と比較しても、極めて低い水準です。
しかし、多くの人事担当者はこう思うかもしれません。
「うちの会社は終身雇用で安定しているし、福利厚生も充実している。従業員を大切にしているはずなのに、なぜエンゲージメントが低いのだろう?」
この矛盾の本質について、戦略コンサルタントの坂田幸樹氏がダイヤモンド・オンラインのインタビューで鋭い指摘をしています。本記事では、社会保険労務士の視点から、日本企業のエンゲージメントが低い本質的な理由と、中堅企業の人事担当者が取るべき対応について詳しく解説します。
〇 日本企業は本当に「従業員を大切にしている」のか?
・ 「大切にしている」の意味を疑う
坂田氏がまず指摘するのは、「大切にしている」という言葉の中身を疑うべきだということです。
日本企業は確かに従業員を守ってきました。しかし、それは必ずしも対等な関係を築いてきたという意味ではありません。
– 終身雇用で雇用を保障する
– 手厚い福利厚生を提供する
– 定期昇給で給与を上げていく
これらは一見、従業員思いの制度に見えます。しかし、その裏で何が起きているのでしょうか?
・ 自己決定できない構造の問題
日本企業では、以下のような重要な意思決定が、本人への十分な説明や選択肢の提示なしに行われることが珍しくありません:
– 配属:新入社員の配属先は会社が決定
– 異動:本人の希望とは関係なく辞令が出る
– 転勤:家族の生活を大きく変える転勤も一方的に決定
– キャリア:キャリアは「会社が考えるもの」とされる
職種や働き方を自分で選べない状態が、多くの日本企業で続いているのです。
〇 エンゲージメント低下の真犯人は「自己決定の欠如」
・ 幸福度に最も影響するのは「自己決定」
経済産業研究所(RIETI)の調査では、人の幸福に影響を与える要因として、健康や人間関係に続いて「自己決定」が挙げられています。
驚くべきことに、これは**所得や学歴よりも高い順位**です。
つまり:
– 給料が高くても
– 学歴が高くても
– 会社が安定していても
自分で決められない状態が続けば、幸福度は上がらないのです。
そして、この自己決定は企業活動と最も深く結びつく要素の一つです。
〇 自己決定できない状態が続くとどうなるか
坂田氏は明確に述べています:
「自分で決められない状態が長く続けば、どれだけ安定していても、どれだけ待遇が良くても、エンゲージメントは下がります」
日本企業のエンゲージメントが低い理由を、個々の意識や姿勢に求めるのは適切ではありません。自己決定できない構造の中で働かされ続けていることが、大きな要因なのです。
〇 日米のエンゲージメント格差:「厳しさ」ではなく「対等さ」の違い
・ 米国は厳しいのになぜエンゲージメントが高いのか
多くの日本人は、米国社会を「解雇も多く厳しい社会」と捉えています。それなのに、なぜ米国のエンゲージメントは日本より高いのでしょうか?
坂田氏の説明は明快です:
米国企業が特別に従業員思いなわけではありません。むしろ、会社と従業員の関係は非常にドライです。
ただし、決定的に違うのは、会社と従業員が対等な契約関係にあるという点です。
・ 関係性維持の根本的な違い
日本企業と米国企業の関係性維持の方法は、根本的に異なります:
日本企業の方法
– 「辞めさせないこと」で関係を維持
– 終身雇用による安定提供
– 会社が従業員の人生を守る
米国企業の方法
– 「選ばれ続けること」で関係を維持
– 対等な契約関係
– 合わなければ契約を解消する前提
米国企業では、合わなければ契約を解消する前提があるからこそ、企業は常に「選ばれ続ける存在」であろうとします。同時に、従業員も自分の価値を発揮しようとします。
この関係性の違いが、エンゲージメントの差となって表れているのです。
〇 日本企業が変われない理由:「経路依存性」という罠
・ 高度成長期の成功体験が足かせに
日本企業が変われない最大の要因は「経路依存性」だと、坂田氏は指摘します。
高度成長期に設計された以下のような仕組み:
– 長期雇用前提の人事制度
– 年功的な評価
– 配置と育成が強く結びついた仕組み
これらは当時としては非常に合理的で、日本企業の競争力を長く支えてきました。
・ 問題は制度ではなく前提条件の変化
坂田氏が強調するのは、制度の良しあしが問題なのではないということです。
問題は、前提条件が大きく変わったにもかかわらず、関係性の設計だけが当時のまま残っていることです。
– 高度成長期:右肩上がりの経済成長、終身雇用が機能
– 現在:低成長、人材流動化、働き方の多様化
環境は大きく変わりました。しかし、会社と従業員の関係性だけが、50年前のままなのです。
・ 制度の部分的見直しでは不十分
多くの企業が人事制度改革に取り組んでいます。しかし、坂田氏は警鐘を鳴らします:
「制度の部分的な見直しをいくら重ねても、会社と従業員の関係そのものを問い直さない限り、エンゲージメントは今後も上がらないでしょう」
〇 エンゲージメント向上施策の落とし穴
・ サーベイと施策だけでは本質に届かない
近年、多くの企業がエンゲージメントサーベイや様々な施策に取り組んでいます。
坂田氏は、行動を起こすこと自体は良いことだとしながらも、大きな落とし穴があると指摘します:
「エンゲージメントを『測って改善する対象』として扱っている限り、本質には届きません」
・ 問うべきは意思決定の構造
エンゲージメント向上のために本当に問うべきは何か?
それは、「誰が」「何を」決めているのか。その意思決定の構造です。
どれほど立派な理念や制度を掲げても、現場で自己決定できない状態が続けば、構想は空回りします。
エンゲージメントとは:
– 施策の成果ではなく
– 関係性の積み重ねによって生まれる結果
つまり、数値で管理するものではなく、会社と従業員の関係性が生み出す「結果」なのです。
〇 これからのHRに求められる「場づくり」とは
・ 人事の本質は「場づくり」
坂田氏は、これからの人事の本質は「場づくり」だと語っています。
「場づくり」とは何か?
それは、雇う側と雇われる側という上下関係ではなく、パートナーとして関係を再定義することです。
・ 境界線を明確にする重要性
「場づくり」を実現するために重要なのは:
どこまでを会社が決め、どこからを個人に委ねるのかを曖昧にしないこと
多くの日本企業では、この境界線が曖昧です。
– 「会社が考えてくれるだろう」と期待する従業員
– 「会社が決めるものだ」と考える経営層
この曖昧さが、自己決定を阻害しているのです。
・ 社外との関係性も重要
さらに坂田氏は、これからは従業員同士の関係性だけで事業を完結させる時代ではないと指摘します。
社外のプロフェッショナルや外部パートナーと、どのような関係性を築くのか。その「場」の設計が、社内の関係性にも直結するというのです。
〇 中堅企業の人事担当者が今すぐできること
・ ステップ1:自社の現状を問い直す
制度改革に着手する前に、一度立ち止まって考えてみましょう:
問うべき3つの質問
1. 自社は、従業員から「選ばれ続ける」関係性を本当に築けているのか
2. 守っているつもりで、決める権利を奪ってはいないか
3. 安定を与える代わりに、自己決定を手放させていないか
これらの問いに正直に答えることから始めましょう。
・ ステップ2:意思決定の構造を可視化する
自社において、以下の事項を誰がどのように決めているか、可視化してみましょう:
可視化すべき意思決定
– 配属先の決定プロセス
– 異動・転勤の決定基準と本人同意の有無
– キャリア開発の主導権(会社 vs 本人)
– 職種転換の可否と本人意思の反映度
– 働き方(リモート、フレックスなど)の選択権
これらを可視化することで、自社の「自己決定度」が明確になります。
・ ステップ3:従業員との対話を始める
制度を変える前に、まず対話を始めましょう。
対話のテーマ例
– あなたは自分のキャリアについてどう考えていますか?
– 今の仕事や配属について、どう感じていますか?
– 会社に期待すること、自分で決めたいことは何ですか?
対話を通じて、従業員が本当に求めているものが見えてきます。
・ ステップ4:小さな自己決定の機会を増やす
いきなり大きな制度改革をする必要はありません。まずは小さな自己決定の機会を増やすことから始めましょう。
実践例
– プロジェクトメンバーの手挙げ制導入
– 働く場所の選択肢拡大(リモート、オフィス)
– 研修プログラムの選択制
– 副業・兼業の許可
– 社内公募制度の導入
小さな成功体験を積み重ねることで、組織文化は徐々に変わっていきます。
・ ステップ5:「選ばれ続ける」企業になる努力
「辞めさせない」から「選ばれ続ける」へのシフトは、簡単ではありません。
しかし、以下の問いを常に自問自答することが重要です:
– 優秀な人材が「この会社で働き続けたい」と思える理由は何か
– 他社と比較して、当社の魅力は何か
– 従業員にとって、当社で働く価値は何か
この問いに明確に答えられる企業が、エンゲージメントの高い組織を実現できるのです。
〇 人的資本経営時代におけるエンゲージメントの意味
・ エンゲージメントは結果であり指標ではない
人的資本経営が求められる現在、多くの企業がエンゲージメントを重要指標として掲げています。
しかし、坂田氏の指摘を忘れてはいけません:
エンゲージメントとは、数値で管理するものではありません。それは、会社と従業員の関係性が生み出す「結果」です。
指標として測定することは重要ですが、それを改善の「目的」にしてはいけないのです。
・ 関係性の再構築こそが本質
人的資本経営の本質は、制度やKPIの整備ではなく、会社と従業員の関係性を再構築することにあります。
対等なパートナーとして:
– お互いを尊重し
– 対話を重ね
– 共に成長していく
この関係性が構築されたとき、エンゲージメントは自然と高まっていくのです。
〇 まとめ:関係性の更新こそがこれからのHR戦略
日本企業の従業員エンゲージメントが世界最下位である理由は、「自己決定できない構造」にあります。
どれだけ安定した雇用を提供しても、どれだけ手厚い福利厚生を用意しても、従業員が自分のキャリアや働き方を決められない状態では、エンゲージメントは上がりません。
本記事の重要ポイント
1. 日本企業は「辞めさせないこと」で関係を維持してきたが、これからは「選ばれ続けること」が重要
2. エンゲージメント低下の真因は「自己決定の欠如」
3. 制度の部分的見直しではなく、関係性そのものを問い直す必要がある
4. これからのHRの本質は「場づくり」
5. エンゲージメントは施策の成果ではなく、関係性の積み重ねによる結果
中堅企業の人事担当者の皆さまには、まず自社の現状を問い直すことから始めていただきたいと思います。
守っているつもりで、決める権利を奪ってはいないか。安定を与える代わりに、自己決定を手放させていないか。
この問いに正直に向き合い、従業員との対話を重ね、関係性を少しずつ更新していく。その積み重ねが、真のエンゲージメント向上につながります。
私たち社会保険労務士は、制度設計だけでなく、組織と従業員の関係性構築についてもサポートさせていただきます。お困りのことがあれば、お気軽にご相談ください。
【参考記事】
なぜ、従業員を大切にしているはずの日本企業のエンゲージメントが世界最下位で、米国のほうが高いのですか?
https://diamond.jp/articles/-/381539




